旅行・地域

磐梯熱海温泉へその2

瞑想の湯、癒しの湯、隠れの湯、覗きの湯、等々次から次へと、足が滑らないようにそろり、そろしとおいらんのように歩きながら、お風呂に入った。

お風呂からでたら、美味しいお水をいただき、そのあとは、部屋に戻って、ビールで、ひとり乾杯。猪苗代湖に行き、野口英雄記念館を見物してきた孫たちが、「あさこバーバー!」と、部屋に飛び込んできた!約2カ月ぶりのご対面だ。男の子3人、上が小学校2年生、真ん中が、幼稚園の年中さん、下が、一歳1ヶ月。可愛いさかりだ。
夕食をみんなでいただき、私はまたお風呂へ。のんびり、ゆったり、ああ~!長生きしてよかった!

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磐梯熱海温泉へその1

この3連休に台風の影響を心配しながら、上野から郡山経由で磐梯熱海温泉に一泊して、郡山市立美術館で開催されている「眼の人今泉亀撤のコレクション展」を観てきた。

台風の影響の強風で、乗車を予定していた郡山から会津若松行きの列車は運休。約2時間ほど駅中にあるショップのなかをぶらぶら。上野の駅なかと同じような若者向けのお店を覗いてみた。孫娘に着せてみたいような洋服ばかり、店員さんは美人ちゃんばかりで驚きだ。強風のおかげで久しぶりにいまどきの若者の洋服をみて回れた。若いっていいな!
電車に乗ること、約20分磐梯熱海駅に到着。嫁が予約していてくれた「ホテル華の湯」へ、チックインを済まして、早速に温泉へ。のんびり、ゆったり「いいゆだな!はははは、いいゆだなははは」なぜか、昔の歌を覚えていたのだ。そういえば、いかりやさんがお亡くなりになってから、ドリフターズのメンバーは、お元気なのだろうか?どうでもいいことを思いながら孫たちの到着をビールをいただきながら待った。極楽、極楽。

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紅葉の日光その2

北米風の山のレストラン

北には霧降の滝、西には日光連山が望める眺め。暖炉があるカナダ材をおしげもなく使ってつくられたカフェレストランで、木の温もりを感じながら食事をいただいた。138


舞茸のソテー。139

焼き立てのパン。141

ローストビーフ。148

飲んだり食べたりお喋りしたりと、おばさん達は忙しい。

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最後はデザートとコヒーでおしまい。グリル中心の北米スタイルのランチを美味しくいただいた。173

食事の後は、霧降の滝観漠台へ。紅葉はイマイチ。177
赤の色に出会えて、嬉しい~!191

インドから観光にきていた母娘と一緒に滝を背景に「はい!チーズ!」189

大親友のY子ちゃんは、亡くなったご主人とよく日光に一泊旅行に来ていた。私も10年前に連れてきてもらっていた。その時のことを思い出して、あの時はお互いに若かったね!今じゃ、お互いおひとりさま、旦那の分まで楽しんで、死ぬときは、「あぁ~面白かった!って死にたいね!」

Y子ちゃんと私はともに20代で司法書士事務所を開業、子供を育てながらづ~と仕事を続けてきた。「女のくせに生意気だ、男の司法書士でなければ、仕事は頼めない」と言われてきた時代を、「女のどこが悪いのよ!」と、つぱって働いてきた同志だ。

時代は変わるものだ、今じゃ「私たち女に生まれてきてよかったね!老婆になってよかったね!」老婆は一日にしてならず。














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紅葉の日光

滝おちし紅葉世界とびちりし



日光市にある霧降の滝に行ってきた。この滝は栃木県の、利根川水系の板穴川の支流・霜降川にある滝だ。



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滝名の由来は、落下する間に水が飛び散って霧のようになることとされる・因みに華厳の滝、裏見滝とともに日光三名漠のひとつ。



この日は、3ヶ月も前に女子会の名幹事のY子ちゃんが、計画してくれての旅だ。「国民休暇村に一泊して紅葉を愛でよう!」日本の温泉大好きのJ子ちゃんがドイツに帰る前に、皆で「いこう~!温泉へ!」



8時30分。J子ちゃんのマンションのロビーに集合。2台の車に。Y子ちゃんが用意してくれた阿弥陀くじで決まったおばさん達は分乗。素敵なコンシェルジェの紳士が「今夜は奥様はお泊りですね、お気をつけていってらして下さい」。思わず、「はい!後はよろしくね!」(私が、つぶやいてしまった)



渋滞渋滞の高速道路をのろのろと走ること、?時間。127_2


着いた!曇り空だ。日光の手前のいまいちだが、欲はかくまい、霧降りでなくてよかった!運転をしてくれた女子会の若いメンバーのHちゃん、Dちゃん、お疲れさま。129



Hちゃんの友人が経営しているレストラン、『山のレストラン」だ。135


オーナーが、待っていてくれた。「ようこそいらしてくださいました!」ご挨拶もそこそこに、記念撮影「はい!ばぁ~ばぁ~!」みんな若作りしているが、それなりに年輪を重ねている。



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老婆は一日にしてならず。



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山のレストランから眺めた滝。183



展望台から眺めた滝。角度によって趣も違う。










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高野山へその5

自動販売機に麦般若

精進料理を正座していただいた。お寺に泊まるのだからこの日はビールを飲まないで寝ようと、覚悟した。夕食後に部屋に戻ると若い修行僧が布団ひいてくれていた。なんだか申し訳ない。
廊下にある洗面所で歯磨きをして、廊下の奥を覗くと、なんとそこには飲み物の自動販売機が。麦般若(ビール)があったのだ。ズボンのポケットをおもわず探ると小銭が。誘惑にはかてませんでした。なんのために高野山にきたのか、情けない。
爆睡のお陰で、翌朝は5時に爽やかな目覚めだった。寺の周りを散策。その後、朝の勤行。064
朝食を美味しくいただいた。068
お世話になった部屋で、背筋を伸ばして記念写真。077
寺院を後に高野山駅へ。078
1928年に完成された2階建ての駅舎は、洋風建築を基調とする外観で、高野山の玄関駅なので、頂上に宝珠が載せられていて寺院風の屋根だ。079
ケーブルカーのノリ口からは厳かな山々が。080
生憎天気はいまいちだったが、曇り空の木々と空のそれなりに趣があった。081
極楽寺駅には、天空の列車が橋本駅からきていた。083
緑と赤の車体だ。待てよ!この色の車体は、比叡山のケーブルカーと同じ色だ。山には似合いの色なんだろうか。084
車窓からの眺めを楽しみながら途中の戦国武将の真田幸村が隠居した屋敷跡に建つ真田庵のある九度山駅を通り、天空列車に乗ること30分、橋本駅に到着。

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高野山へその4

高野山の宿坊に泊まる。

高野山には117の寺院があり、そのうち52のお寺が参詣者のための宿坊施設が整った宿坊寺院になっている。052
高野山大学のお隣の宿坊にお世話になった。053
「えっ!こんなに素敵なお寺に泊まらせていただくの?」寺務所の玄関先では、イケメン君の修行僧が出迎えてくれた。そして、部屋に案内していただいた。長い廊下を息子達と同じ年代の修行僧が、館内の説明を受けながら歩いていると、なんだか心が落ち着いてきて、暖かい心持になった。050
案内されたお部屋は、中庭に面した落ち着いた和室。床の間の掛け軸が素敵だ。一休みしてから、お風呂に行き汗を流して、こころとからだをお浄めした。055_3
夕食は、大広間で修行僧のお給仕でいただいた。思わず、おにいさん!ビールを一本お願いします!」と、言ってしまいそうだったが、ぐっと、こらえて、ビールなしで精進料理をいただいた。ご馳走様でした。

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高野山へその3

奥の院御廟を参拝041

樹齢千年を超える杉並木のなかを、苔蒸した墓石がならんでいた。写真を撮るのが、なぜか躊躇われてしまった。多分、私に、お大師さまが、「自分の目でこの荘厳な世界をしっかりみておくように」と、呼びかけてくれたのかもしれない。法然や親鸞、織田信長や明智光秀、武田信玄、上杉謙信などの墓がある。宗派を超え、敵味方を超えて、誰でも「くるものは拒まず」の世界だ。038
この杉は、根本は一つで、039_2
先が3つに分かれている。三つ子がそれぞれに一人で生きていっているようだ。私の3人の子供達もそれぞれの道をこの杉のように、健やかに大らかに伸びてほしいものだ。044
私の実家の柳生家の墓がここにもあった。ご先祖様に手を合わた。私の3人の子供達それから3人の孫達が、「健康でいられますように、お守りください」。

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高野山へその2

座主の住居の金剛峰寺へ017

国内最大級の石庭。四国産の青い花崗岩で「龍」を、京都の白い砂で「雲海」が表現されている。広さは2340平方メートルで花崗岩は140個あるそうだ。
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大運動会ができるくらいの大広間他、上壇の間、柳の間、梅の間、囲炉裏の間、持仏間等々見学した。いつものとおり事前の予習もせずに行ったので、「へ~ぇ~すごいね~!」。5歳の孫状態だ。まてよ!3歳の孫かな!?

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高野山へ

天空の密教の聖地高野山へ

東京駅7時33分の新幹線に乗り新大阪に着き、そこからバスで高野山に行った。
途中のかつらぎドライブインでは、柿の葉すしを試食した。この地が柿の葉すしの発祥地。柿の産地だから、葉っぱが沢山あるから。「そうなんだ、知らなかった、美味しかった!」桃のデザートの試食もして、高野山目指して出発。我が故郷の浅間山のように高野山という山があるもんだ、と思い込んでいたのだが、「高野山」という名前の山はなかった。標高約1000m級の八っの山々に囲まれた場所を指し、山上の東西6㎞南北3㎞の盆地のことを、「高野山」と呼んでいるのだそうだ。空から見ると蓮の花が咲いたような土地で、曼荼羅八葉蓮台のような形で縁起がいいのだそうだ。
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高野山は816年に 弘法大使(空海上人)によって開かれた真言密教の修行道場であり、全国に広がる高野山真言宗の総本山で、海抜900mの高峰上にある総面積百十余ヘクタール(33万坪)の一大盆地である。山の姿は四仏四菩薩を象徴したと云われていて内八葉・外内葉の峰々に囲まれて八葉連台の形をなしているのだそうだ。004_2
いよいよ高野山の総門へ。大門をバスの中からちらりと見て、006
金剛峰寺参拝へ。高野山は一般庶民の強い信仰と支持を集め、宗派にとらわれず、あらゆる階層の人々の心の憩いの場として発展してきた。老若男女大勢の人たちが来ていた。
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この道は、蛇腹道。緑と赤のコントラストに見とれて、うっとり。この道の由来は、弘法大師が高野山を「東西に龍が伏せたような形をしている」と形容したので、この道が龍のお腹付近にあたるから、蛇腹道と呼ばれるように。また、弘法大師が、竹ぼうきで蛇を払ったという伝承もあるそうだ。「へぇ~そうなんだ!」。

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キューバへその8

女性ならでの視点を経営に活かす。

有名企業の株主総会のラッシュだ。今年の総会で伊藤忠商事にはあの村本厚子さんが、社外取締役の選任された。大きな会社54社が女性社外取締役を置くとのこと。経営人材の多様化を求める海外投資家や企業統治指針を背景に、女性ならではの視点を、ということらしい。
世の中は変わってきた。私が22歳で司法書士になった頃にこんなことがあったことを思い出してしまった。不動産の取引の立会に不動産会社に出向いた時のことだ。買主に「女の司法書士では、ダメだ!おまえに、俺が買う不動産の登記はさせない、この取引にケチをつけるのか?」
あれから44年、今じゃ、、、ありがたいお言葉をいただいている。安倍首相「女性が活躍できる社会に」のスルーガンのお陰かもしれないが、素晴らしい女性が増えてきていることは確かなことだ。キューバでは、キューバ諸国民友好協会の会長は女性、さらにフリオ・アントミオ・メヤキャンプ場の代表も女性だ。そして、キューバにはなんとキューバ女性連盟があったのだ。
農作業の後、キューバ女性連盟の会合に出席した。個性的なお洒落をした女性達が、活発に議論をしていた。残念ながらスペイン語がちんぷんかんぷんなので、なにを議論しているのか解らないが、生き生きしていた。
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ゲバラの残した言葉「戦士として厳しい生活を送るなかで、女性は女性特有の資質を持ちながら、しかも男性と同じように働く能力をもった同志である。女性は戦う能力がある。男性より体力は劣るが、我慢強さはひけをとらない」
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キューバ革命軍には女性兵士もいた。メキシコでの訓練時にゲバラを支えたのは、最初の妻だ。熱心な社会主義運動家で、ゲバラに大きな影響を与えた。ロシアの革命文学やマルクス、毛沢東の著作は彼女を通じて知った。2番目の妻はゲバラとともにゲリラ戦を戦った。流石に、できる男は女の価値を知っている。
ゲバラがボリビアで亡くなって来年は50年、日本にもゲバラのようなできる男が出てきているのだろうか?
さらにゲバラは「女を好きにならないくらいなら男をやめる」と。待てよ!ということは、ゲバラの周りには、「いい女」がいたということなんだ。そういえば、キューバで出会った女性達は、いい女が多かった。

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