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観音菩薩様の引っ越し

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5月6日に駒沢の私のアトリエから上野の私の事務所に観音菩薩様が、引っ越してきた。

今年に入ってから、お寺さんの仕事をいただくことが多くなってきた。これは、天の配材のような気がしている。本棚で眠っていた仏教関係の本を3冊取り出してページをパラパラとめくってみた。

そのなかの1ページ「仏教の7大宗派とは」、なんだか高校生になったような気分だ。以下引用。

7大宗派の成立までには、歴史上三回の大きな変革期があった。最初は奈良時代。平城京遷都をきっかけとして「南都六宗」と呼ばれる法相、三輪、華厳、成実、俱捨、律の六宗が成立した。国家公認の仏教の学問研究機関的な要素が強かった。が、その後平安京遷都により衰退していった。

次の変革期は平安時代。最澄と空海という日本仏教界の二大スパースターの登場だ。二人は唐に留学し、最澄は天台宗を、空海は真言宗を開いた。両派とも鎮護国家の祈祷などを行って権力者の庇護を受けて発展した。

天台宗は、法華経を中心にさまざまな仏教(密教、禅、戒律など)を学ぶ総合大学として発展し、現在の日本仏教の母体となった。一方真言宗は、仏教の教えのなかから密教に絞って理論と実践を完成させた。

しかし、この二大宗派時代は鎌倉新仏教の出現で幕を閉じる。これが第三にして最大の変革期だ。このころは戦乱や天災が続き世乱れていた。そんな中、民衆を救おうと誕生したのが、五宗派である。法然の浄土宗と親鸞の浄土真宗、栄西の臨済宗と道元の曹洞宗、日蓮の日蓮宗である。

これらの宗派は、いづれも念仏、禅の題目のどれか一つの修行を行えば救われると教えた。その分かりやすさが、民衆の心をつかんだ。鎌倉新仏教が画期的だったのは、それまでのように貴族や権力者だけでなく、万民救済を目的としたことだ。これにより仏教のすそ野がまたたく間にひろがったのだ。

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坂村真民先生の詩「発願に燃えているものはみな若い、いつまでも年を取らない、あの菩薩たちのように」。

 

 

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