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三ツ池公園の桜

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明日ありと思う心のあだ桜夜半に嵐の吹かぬものかは(親鸞)

仲良しの友人のお父様の命日のお墓りに行ってきた。お墓は親鸞聖人が開祖の浄土真宗のお寺の本堂の裏にあった。親鸞は1173年に京都で生まれた。わずか9歳のときに母の死に接し、「人は死ぬとどうなるのか」と悩み、青蓮院の慈円を訪ね得度のお願いをした際に詠まれた。。

9歳にして、人の命のはかなさを咲き乱れる桜の花にたとえ、どうか明日といわずに今すぐに得度させてほしいと訴えたのだ。

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お寺から歩いて30分のところには、三ツ池公園がある。近くのコンビニで枝豆とビールを購入してお花見を。今日のさくらは今日見ておかなければ。

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緊急事態宣言が解除後の土曜日でまあまあのお天気。天気予報によると、日曜日は曇りのち雨ということだったので、桜の木の下では三密を避けながら花見を楽しんだ。親鸞が9歳のときに詠んだ歌のおかげだ。

ものの本によると、親鸞は、比叡山で厳しい修行をしていても救いが得られない。そんな苦しい日々のなか、比叡山の麓で美しい女性と出会ってしまう。美しい女性のことが頭から離れず、煩悩に苦しめられる日々が続く。比叡山に入って20年目の春に親鸞は、煩悩に苦しむ身を抱え、山からおりたのである。

観音様の夢告が、煩悩に苦しむ親鸞を救い、親鸞は31歳のときに法然上人の勧めに従い、結婚した。僧侶の妻帯は当時は許されることはなかったが、すべての人がありのままの姿で救われることこそ、真実の教えであるという信念のもと、肉食妻帯の生活を送りながら念仏を称える「在家」の道を選んだのである。

このときの心境を「ただ仏恩の深きことを念じ、人倫の誹りを恥じず」と述べている。阿弥陀仏から受けた恩の深さを思えば、世間の非難など恥ずかしくはない、ということだ。

書棚から「親鸞」を引っ張りだして読みなおすことにしよう。

 

 

 

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