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招福猫児

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家内安全、営業繁盛、心願成就。

私と息子が尊敬する私の先輩が、新年早々に豪徳寺にお参りに行ってきたからということで、招福猫児と美味しいお菓子を届けてくれた。早速、自宅の玄関に置いてみた。

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豪徳寺は、幕末の大老の井伊掃部頭直弼公の墓所として世に知られている。

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井伊大老が鷹狩りの帰りに門前にいた猫の手招きにより寺に訪入ると、和尚さんが渋茶をいれてくれた。一服していると、雷とともに激しい夕立の雨が。和尚はこころ静かに「三世因果」の説法をした。

井伊大老は、「私は井伊直弼なり猫に招き入れられ雨をしのぎき貴僧の法談に預かることこれ偏に仏の因果ならん以来更に心安く頼み参らす」と礼を述べて立ち帰られた。井伊家は多くの土地を寄進してやがて井伊家の御菩提所となった。

時の和尚は、猫を愛し良く飼いならして自分の食べるものを割って猫に与えてわが子のように育てた。ある日、和尚は猫に向かって「汝わが愛育の恩を知らば何か果報を招来せよ」と言い聞かせた。井伊大老を多招きして迎え入れた猫は、可愛がって育ててくれた和尚への「恩返し」をしたのだ。なんだか「鶴の恩返し」のような話だ。

猫も鶴も偉い。うちの子供達に爪の垢でももらって飲ませたいものだ。が、待てよ!私自身が育ててもらった両親に恩返しをしていないではないか。これがまさに「自因自果」かも。

因みに、仏教では、「自らの身に起きる一切は、自分のまいたものばかり」これには万にほとつ、億にひとつも例外はないと。加えて、『自因自果』を受け止め、発想し、行動できる人を『智恵ある人』といい、『他因自果』は、人のせいにし、恨み、妬む人を『愚痴の人」と、説かれている。

「蒔かぬ種は生えぬ。蒔いた種は必ず生える。刈り取らねばならぬ一切は、自分の蒔いたものばかり」

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