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少しは、恩返しできたかな

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10月10日一日中雨、こんな日はドラマを見るにかぎる。2006年3月22日にスペシャルドラマとして放映された『少しは、恩返しできたかな』のDVDをTSUTAYAから借りてきて観た。

主人公の同級生の母であるフリーアナウンサーの大橋照子氏が、主人公夫妻に数十回の取材を行い、半年かけて執筆して講談社より初刊してドラマ化された。駒場東邦中学校・高等学校の学生だった主人公は、ユーイング肉腫(がんの一種)という難病と闘いながら、高校を卒業し東京大学に入学し、19歳で亡くなるまでのストーリーだ。

うちの長男も駒場東邦中学・高等学校に通っていたので、画面に映る校庭や体育館を懐かしく思い出しながら観た。大竹しのぶさんがお母さん役で息子役は二宮和也さん。お母さんは息子の入院中は毎日2食分の弁当を作って病院に持参し息子に食べさせている。東大合格目指す息子の無謀な挑戦に、母として悩みながらも応援する。

4年前にアメリカで発症した「血管芽腫」という病に苦しんでいたうちの息子は帰国後、東大病院の脳外科で手術を受けて集中治療室で人口呼吸器をつけての闘病生活をしていた。ドラマでのお母さんは毎日2食のお弁当を作っていたが、私は弁当は一度も作らなかった。仕事があったし、人工呼吸器のお世話になっていたから食べられなかったからだ。

母と息子の二人三脚で勝ち取った「東大合格」。4月に主人公は大学で初めて講義を受けた直後、病院の検査でガンの小脳への転移が見つかって再入院。7月下旬19歳の誕生日の翌日に天国に旅立った。

うちの長男も小脳のうえに約3㎝の腫瘍ができていた。手術は成功したが、その後、頭の傷口が開いてしまいそこから菌が入ってしまっているかもしれなからということで、首の第一頸椎を外すというアクシデントに見舞われた。大手術の後遺症に加えて首が回らないという状態だが、今は私の事務所でニューヨーク州の弁護士資格を生かして渉外関係の仕事をしている。「障がい者が渉外の仕事」かっこいいよね~!なんて、駄洒落を言ったりして大笑いしている。長男と一緒に仕事ができる、夢のようだ。このドラマを見てあらためて思う。「命さえあれば、生きていれば」。ありがたい。

「神さまの贈り物はすぐにわからないことがある。それと気づくまでの道のりもまたギフトだったと知る日までは」

主人公は、亡くなる直前にお見舞いにきたお母さんの弟さん(叔父さん)に「少しは、恩返しできたかな」と、話したという。

 

 

 

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