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父の命日

5月4日は父の命日だ。昭和47年5月4日享年65歳だった。父が亡くなって48年が経った。私は父が45歳母が38歳の時に生まれた。長兄が13歳、次兄が10歳、姉が5歳だった。父からは叱られた記憶が一切ない。父に背負われてお花見やどんど焼きに連れて行ってもらったときの父の背中のぬくもりを覚えている。48年前の5月4日、東京で三畳一間の下宿暮らしをしていた私は、その朝、大家さんの家にある電話から田舎の家に電話をした。珍しく父が電話口に「どう、元気?」「少し風邪気味だけど、まあまあだ」。

5月4日の午後、虫の知らせが。公衆電話から家に電話をすると、叔父が電話口に。「兄さんが先ほど救急車で碓井病院に搬送された、すぐ帰ってくるように」。安中駅に着くと、叔父が駅前で待っていてくれた。叔父の運転する車で病院に。「病室には、母と次兄がいた」。兄が、「麻子が帰ってきたよ!」父は、目を開けて、うなずいてくれた。私はなんも言えなかった。父は亡くなった。心筋梗塞だった。

叔父が、「兄さんは麻子が帰ってくるのを待っていたんだね!君は親孝行したね!」私を可愛がってくれた母も長兄も次兄も叔父さんもみんな亡くなってしまった。

今年は、コロナの影響で墓参りには帰れない。が、ステイホームのおかげで、リビングから夕陽をみながら、ふるさとのことを思い出している。「ふるさとは遠きにありて思うもの、そして悲しくうたふもの。よしやうらぶれて異土の乞食となるとても帰るところにあるまじや、ひとり都のゆふぐれにふるさとおもい涙ぐむ」(室生犀星)。

私が宝物にしている次男の日記がある。小学校5年生の時のものだ。今日は母方の祖父の命日だ。20年前に亡くなった。だから今日はいなかの群馬に行くことになった。9時30分、列車に母と2人だけで乗って出発した。電車に揺られること3時間、やっと田舎に着いた。実家に着くとすぐに墓参りの出かけた。祖父の墓の前にすわり線香を置いて、手を合わせた。「おじいちゃん!僕たちは元気でやっています」。そう頭の中で唱えた。僕は祖父をみたことがないが、となりで手を合わせている母をみて、「お母さん、今どんな気持ちだろうな」そう思った。

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