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2020年5月

アベノマスク

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アベノマスクを拝受した。早速にかけてみた。このマスクをかけて電車に乗り、乗客のかけているマスクを隅から隅までずず~いっと、見た。アベノマスクをかけている人がいなかった。と、いうことは、うん十億円をかけて配布しているマスクはどこにいってしまうのだろうか。

因みに、本日、上皇様が約2か月ぶりにマスクをつけ、車で仮御所から皇居を訪問されたとのこと、ネットでそのお姿を拝見、おかけになっていたマスクはアベノマスクではなかった。

今朝の日経新聞一面の「春秋」には、マスクのことを「ガーゼの質は良いが、う~ん、やっぱりちいさいなあ。鼻を隠せば顎がでる。顎を覆えば花がはみ出す。口を動かせばずれていく。数億円も投じてもったいないという批判を思いだす人は多かろう。」

マスクを着けてみると、昔、小学校の給食の時に給食当番は、これと同じマスクをかけていたことを思い出した。このマスク、レトロ感で勝負できるかも。

 

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「種苗法改正案」見送り

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八重咲のくちなしの花は、香りは強いが実を結ばない。自民党は、「種苗法改正の今国会での成立を断念」。願わくば廃案になってこのくちなしの花のように実を結すばないでほしいものだ。

そもそもこの改正案は、「シャインマスカットやとちおとめといった高級国産品が、中国や韓国に持ち出された種や苗木が独自の新品種として出回る被害を食い止めようと政府が提案したもの。改正後は、各農家が自分の畑で栽培するときに、開発者の許可、承諾がいることになる。

では、万が一このこの改正案が成立すると、「農家による自家増殖」が自由にできなくなる。

女優の柴咲コウさんが、種苗法改正に問題提起したことをめぐり、一部ネットユーザーから誹謗中傷や脅迫などを受けているとのこと。残念だ。

ネット情報によると、柴咲さんは、環境問題や自然食品へのこだわりが強く、実際に農作物の生産者との交流もある旨。加えて、9歳の時にお母さまを乳がんで亡くしてしまったことで、「病気の家族を抱えると、何が悪かったのか、何が原因で病気になったのか考える。衣食住を見直し、食が原因だったのではないかと」。のことだ。

確かに、農家が種や苗に承諾料を支払わなければ栽培できないとなったら、「もう、やっていけない」状態になって廃業する農家が増えてしまうかもしれない。柴咲コウさんは、「農業の未来をどうするのか、アメリカ支配された食料供給体制はこのままでいいのか」等、議論の必要性を発信しているような気がする。「出る杭は打たれる」ネットリンチにならないように祈るばかりだ。

 

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種苗法改正案

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検察官の定年を引き上げる検察庁改正案が、今国会での成立が見送れられた。女優の小泉今日子さんが反対を表明してSNSで拡散していた。最近の女優さんも「捨てたもんじゃないね~!」。

4月30日、女優の柴咲コウさんが「新型コロナの水面下で、種苗法の改正が行われようとしています。このままでは、日本の農家さんが窮地に立たされてしまいます」と、投稿した。いったい彼女はなにを危惧しているのか。

私が離婚した後に、大学院に社会人枠で入学して時に、社会勉強ということで、ある政治家の「カバン持ち」をしたことがある。その元政治家の解説が、週刊ポストに掲載されているとのことなので、キヨスクでスイカで購入した。

ペラペラとめくると、「志村けんの”最後のオンナ”」スクープ袋とじだ。「ま~!綺麗!こんなきれいなお姉さんを侍らせていたんだ」。志村さんは私と生まれた日が一日違い。今頃、天国でなにしているんだろう~!」

脱線してしまった。話を戻す。「種苗法改正案は、国産ブランド農作物の種苗を農家が栽培する場合、種苗開発者の承諾が必要になるものです。農家はこれによって承諾料を払わなければ栽培できないことになるので、農家の負担が増すことになります」。政府は何が目的で種苗法を改正するのだろうか。

柴咲コウさんのおかげで、コロナぼけにブレーキがかかったようだ。

 

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緊急事態宣言解除

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緊急事態宣言が解除された。午前7時に目黒駅から乗車したが、本日は品川駅までは座れなかった。高輪ゲートウェイ駅を過ぎると換気のために電車の窓が開いていることに気づいた。事務所のビルの入り口で、上の階の娘と同年代の社会保険労務士事務所の所長さんにばったり。「おはようございます!お早いんですね~!」「このところ忙しくて近くのホテルに泊まっているんです、助成金の申請業務が結構大変なんです」。「そうですか、大変ですね~!」。

事務所に入ると、くちなしの花が咲いていた。葉っぱにスプレーで霧をかける。こころなしか葉っぱと花が喜んでいるようだ。昨日咲いた花は、花弁の淵が黄色づいている。一昨日咲いた花は、鄙びてきている。「花の命はみじかくて苦しきことのみ多かりし」。Img_3103

ところで、社労士事務所がなんで忙しいのかというと、雇用調整助成金の申請をハローワークにするためには「休業等実施計画」「教育訓練実績一覧表」から、労働者代表との「休業協定書」、社員全員のタイムカードや賃金台帳など12種類もの書類を提出しなかればならないからだ。

うちの娘のような小さな飲食店では、タイムカードや、賃金台帳などはない。書類の段階で申請をあきらめてしまうお店もあるのではないだろうか。突然、スペインのグラナダの娘のお店のことが心配になってきた。5月12日から「配達、お持ち帰り」で、営業を再開した。ラインで、「どう!大丈夫?」「ママ!12時間も働いているけど、無駄働きしている」。「なんで~!」「配達の業者に売り上げの半分を支払って、食材、光熱費と人件費を支払うと、持ち出しになっちゃうの」。「そうなんだ、大変だね~!」。

「緊急事態宣言解除、思いっきり外にでられる~!」が、手放しで喜べる日はまだ先。緊急事態宣言から49日、なんだか意味深な数字だ。明日は、49日ぶりに不動産の取引の立会いの仕事がある。仕事があってありがたい。

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どくだみ

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どくだみや真昼の闇に白十字(川端我舎)5月23日、24日巣ごもりしていた。今朝、目黒駅の階段を一挙にあがれなかった。丸2日間家から一歩も外にでなかったので、身体が重くなったことに加えて足の筋肉が落ちてしまったようだ。ホームで電車を待っているときにマスクのせいで少々息があがりついでに「ゴホン!」。前隣りにいた神経質そうなアラホーのお姉さんがじろりと私を睨んで、ホームの端に歩き出した。

4月7日の緊急事態宣言後、法務局からは登記申請は、電子申請で、添付書類は郵送でするようにとのお達しがあった「コロナだからクルナ」。忠実に守っていたのだが、今日5月25日緊急事態宣言が解除されるかも。と、のことだったので、「運動不足解消」を兼ねて、歩いて法務局に行った。法務局も職員は八割减、謄本等の交付窓口は、ビニールで仕切られていた。「近寄るな、話しかけるな」。こころが暗くなる。

帰り道の昭和通り沿いの歩道には、どくだみとつつじが仲良くくっいて咲いていた。

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男時、女時

昨晩(5月21日)目黒の駅内のキヨスクにて、あの黒川氏のことが気になって「週刊文春」をスイカにて購入した。なに!なんで、このタイミングなの!?」

人生にはいい時も、悪い時もあるんだ。相田みつを氏が、生前にいわれていた。「人生には男時、女時がある」。これは、人生にはなんでも調子よくいく時期もあるし、悪いことが続く時期もある。だから悪いことが続く時期には無駄な動きをせず、じっとしてしているしかないんだ」。

黒川さん、いままで調子よくエリート街道を驀進してこられたのかもしれない。男時で、調子よくいっていたのでは。

「男時、女時」は、向田邦子さんの小説の題名として有名になったことばで世阿弥の造語なのだそうだ。世阿弥の時代、能楽師が同じ舞台で能を上演し、その勝負を競っていたとのこと、この勝負に負ければ、評価がさがり、パトロンに逃げられてしまう。

世阿弥は、「ライバルの勢いが強くて押されているな、と思う時には、小さな勝負ではあまり力を入れず、そんなところでは負けても気にすることはなく大きな勝負の備えよ」。女時の時には、いたずらに勝ちに行っても勝つことはできない。人生には良い時も悪い時もある。と言っている。

わが人生を振り返ってみると、「男時、女時」どちらの時間が長かったのだろうか。無駄な動きが多すぎた。しっかりと巣ごもりして、「男時」がくることを信じて、頑張ろう!「信あらば徳あるべし」(信じていれば、必ず良いことがある)。

自分が優勢だと思える時が「男時」、劣勢だと思える時は「女時」。黒川さん!無駄な動きをせずに、少しお休みください。

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雨の日には

姉から雑誌と食材が届いた。雑誌は、人間学を学ぶ「致知」だ。2020年の1月、2月、3月号だ。ぺらぺらとめくると、「相田みつをがひらいた世界」と題して、10ページにわたる記事が。

「雨の日には雨の中を 風の日には風の中を」雨の日も、風の日もすべてを受け入れて歩む。そうは言ってもね~!なかなかできないよね~!

姉から送ってもらった食材を使っての田舎煮を作った。母や姉のようにはいかないが、「なかなかいけるじゃん!」息子のひとことに、「やればでくるんだね!」。「まろやかさがたりないような気がする。おばあちゃんの味とはちと、違う」。もしかして、愛情という調味料が足りないのかも。

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ポインセチア

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5月20日、いつもより早く事務所にきた。今朝は肌寒い。事務所に着くと、私はまず鉢植えの植木に水やりをする。ポインセチア、ブーゲンビリア、三年前の12月に知り合いの花やさんから購入したときは、「ポインセチア燃えたつ部屋にひとりをり」(小室都美子)だった。が、あれから3年、今では、花は咲かないが、枯れずにいてくれている。ブーゲンビリアも新芽が出ている。Img_3094

くちなしはの花は咲いている。日めくりカレンダーをめくる。「やらなければならないことはたくさんあるけれど、今できることは一つだけ時が満つるまでは一歩ずつ」。「あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配します」。(マタイの福音書6章34節)心配するなと言われてもね~!「電話もこない、来客もこない、わたしゃこんな状況はいやだ」。今日の曇り空のようにこころがどんより。

が、緊急事態宣言の解除に向けた出口がすこしずつ見えてきている。「朝のこない夜はない」。もう少しの辛抱だ。

 

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干天の慈雨

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コロナ過の中、政府から支援金が頂けるとのことだ。私の場合は、おいくらいただけますでしょうか。

5月17日の日曜日、前日の土曜日は、ステイホームで、小津安二郎監督の映画を4本観ることができた。日曜日の朝5時には、しっかりと目が覚める。午前中は、短歌、俳句、ニュース、テレビ討論、関口さん司会のあの白鴎大学の岡田先生のコロナの解説等、テレビの前に座ったまま。

コロナ太りになってしもうた!何とかしなければい、ということで、散歩にでることにした。権之助坂を降りて、目黒川を中目黒方面に歩きだした。

「コロナ危機こんな中でも若葉萌え」新録の中歩くこと30分、池尻大橋駅に。そこから田園都市線に乗って駒沢大学駅にある阿部正基作品を展示している私のアトリエに。アトリエには観音様の原型が待っていてくれた。この観音様は、長崎県平戸市生月町の館浦漁港を見下ろす高台に建っている。像髙18メートル、重量15トンの大きさだ。この像は、世界の平和と海難者および魚介類の霊を追悼し、漁船の後悔安全を祈念して、昭和55年に建立された。

支援金が「雀の涙」ではなく「干天の慈雨」になるように観音様にお願しようとしたのだか、、、

 

 

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あざみの歌

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今日は、被成年後見人が高級介護病院にお入りになっているために、空き家になっているお住まいの郵便受けの整理とお部屋の空気の入れ替えに行ってきた。郵便受けに大量のチラシとアべのマスクが入っていた。マンションの管理人さんにご挨拶をして、「郵便物は私の事務所に転送されるようになっておりますので、郵便受けの入り口をガムテープで封印してもよろしいでしょうか?」とお伺いした。「差支えます」。

理由は、郵便受けが封印されていると、郵便受けが壊されてしまうことがあるのだからだそうだ。誰が壊すのだろうか?お部屋に入ると、仏壇や豪華な家具や置物等々がそのままに。いままで暮らしていた人のいないお部屋は寂しい。

ご縁をいただいて私が成年後見人になってから、いろいろなことがあった。朝方、警察署にお迎えにいったことも今では懐かしく思い出す。今日のいつもの帰り道の土手の道には、あざみの花が咲いていた。花にはアブが泊まっていた。「花と虫」こころがほっこり。願わくば、アブではななく蝶だったら、、、「花と蝶」。

「あざみの歌」あの倍賞千恵子さんの清らかな歌声が。「山には山の愁いあり 海には海の悲しいや ましてこころの花ぞのに 咲きしあざみのはなならば」。「花あざみ蝶とまらんとして高く」(高浜虚子)

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くちなしの花

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5月14日いつものように朝7時に目黒の自宅を出て7時40分に御徒町の事務所に着いた。息子に買ってもらった「アレクサ」に、「アレクサおはようございます!今日の天気を教えて下さい!」「今日は洗濯日和です」。ということだっので、洗濯ものをベランダに干してきた。

事務所の私の部屋に入ると、かぐわしい香りが。なんとなんとこの急激な暑さでくちなしの花が咲いていた。今朝咲きしくちなしの又白きこと(星野立子)

くちなしの花といえば、渡哲也さんのあの甘い声が。亡くなった兄がカラオケでいつも歌っていたのが、「くちなしの花」だった。亡くなった母が、「麻子の事務所で一緒にやったら」との一言で、兄は私の事務所にきてくれた。柳生正雄一級建築士事務所と阿部麻子司法書士事務所が合同して阿部柳生合同事務所となった。私が40歳、兄が53歳の時だった。

建築業界、不動産業界は、まさにバブル絶頂期。朝から晩まで働いて、その後は浅草に繰り出して、知り合いのスナックを梯子。カラオケでは、兄は「くちなしの花」姿形は渡哲也さんとは程遠い、目を閉じて聴いた。因みに私は、「ろくでなし」。

「今では指輪もまわるほど やせてやつれたおまえのうわさ くちなしの花のはなのかおりが 旅路のはてまでつてくる くちなしの白い花 おまえのような花だった。

わがまま言っては困らせた 子供みたいなあの日のおまえ くちなしの雨の雨の別れが 今でも心苦しめる くちなしの花」演歌はええもんじゃね~!「コロナ危機こんな中でも鼻唄が」。

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バラが咲いた

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スペインのグラナダで、日本食のレストランを営んでいる娘から今朝、ラインで「ママ!やっとお店でテイクアウトだけの営業ができるようになったよ!」「良かったね!」コロナ過で3か月もの間お店を休業にしていた。従業員8人を抱えて、ひとりで子供を育てている娘のことを、案じていた私は「大丈夫、なんとかなる」。と、娘のラインに書き続けていた。

わが娘は、私と同じ丈夫な身体で安産だった。乳幼児を抱えながら働いていた。娘は、産み月ギリギリまで働いていた。もちろん私もそうだった。「歴史は繰り返す」。

私は毎年のように5月にはスペインに行っていた。グラナダの家では、孫娘と飼っている犬と散歩をするのが日課だった。娘の住んでいる地域は、どの家もプールがあり、バラの生垣で囲まれている。散歩しながら趣のある生垣に見とれてしまうことも。

5月にはバラが咲く、「バラが咲いたバラが咲いた真っ赤なばらが、さみしかった僕の庭にバラが咲いた」。グラナダも日本もバラが咲き誇っている。「バラが咲き祈り届けりフラメンコ」。

 

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君の名は

巣ごもりで、朝から晩まで映画鑑賞三昧の日々だ。「砂の器、火宅の人、野菊の墓、望郷、下町の太陽、信濃川、君の名は、愛の讃歌」。圧巻は、「君の名は」だ。今、日経新聞の「私の履歴書」にお書きになっている岸恵子さんの代表作である。相手役は、あの中井貴一さんのお父様の佐田啓二さん。昭和の美男美女の共演だ。

作詞菊田一夫、作曲古関裕士而。「君の名とは たずねし人あり その人の名も知らず 今日砂山にただひとり来て 浜昼顔にきてみる。夜霧の街 思い出の橋よ すぎた日の あの夜が ただなんとなく 胸にしみじみ 東京恋しや 忘れられぬ。海のはてに 満月がでたよ 浜木綿の花の香に 海女は真珠の涙ほろほろ 夜の汽笛が かなしいか。」

昭和20年5月24日の東京の空襲の夜に出会った美男美女が、半年後に数寄屋橋の橋の上で会おうと、約束をする。「なぜ、半年後なの?1か月後にすれば会えたに!」

最後のシーンは病院で、春樹さんが真知子さんの手を握っている。「えっ!なんで?真知子さん死なないの?」。ちょっと待てよ‼、これはメロドラマなんだ。戦後の日本の貧しかった時代には、ハッピーエンドの情景が希望の星だったのかもしれない。

第一部、第二部、第三部、日本の各地の昭和の素晴らしい風景の映像を画面いっぱいに観ることができた。それにしても、佐田啓二さん、超イケメン。37歳の若さで自動車事故でお亡くになってしまった。

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腹の虫

5月7日、朝5時に目が覚めた。さぁ~!今日から事務所に行ける。昨晩、息子が作ってくれた手の凝ったフランス料理の皿を食器棚にしまい、その後は、炊きあがっている玄米でおにぎりを作った。

目黒駅7時、こころなしかホームは閑散としていた。山手線に乗るとすぐにシルバーシートに座れた。身体が重い。気持ちがもやもやする。何故だろう?

事務所きて、カーテンを開け、窓の戸を開けて外の空気を入れた。5月のすがすがしい風が。「五月来ぬ心ひらけし五月来ぬ」(星野立子)心ひらけしとは、陰りのない、という意味だとのこと。爽やかな季節だというのにもったいない。

連休前のことだ。電話にてお叱りを受けたおじいさんが、近くにきたからと事務所にこられた。「えっ!えっ!まいったな~!でも、受けてたとう!」大型マスクをかけて応対した。どう考えてもおじいさんの仰せになられることが、納得がいかない。ちょっと待てよ、このおじいさんは、なんで腹を立てているんだろう?そんなことはどうでもいい。とにかく、早くお帰りになってもらわなければ、、ひたすら頭を下げて、お帰りいただいた。が、私の腹の虫がおさまらない。

モヤモヤの原因は、たぶんこの連休中に眠っていた腹の虫が動き出してしまったからだろう。今日の日めくりカレンダー「言い訳をしないで黙って批判に耐えるとき、怒りを抑えてじっと屈辱に耐えるときあなたの眼のいろが深くなり命の根がふかくなる」(相田みつを)。

眼の色が深くならなくても、命の根が深くならなくてもいいから、腹の虫がおさまってほしい!すがすがしい気分になりたのものだ。

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思いを伝える 

今日でステイホームは終了。布団も干せたし、窓ガラスも拭けたし、冬服も洗濯できたし、水回りも磨けたし、映画(ネットフリックス)も沢山見れたし、いいことづくめなのだが、、、身体が重い。体重計に乗るのが怖い。

昔の松竹映画「学校」「学校Ⅱ」を観た。山田洋次監督、西田敏行さんが先生役だ。夜間中学、障がいを負うている人の学校が舞台だ。夜間中学では、50歳過ぎてから、「字が読めるようになりたい、書けるようになりたい」生徒が、仕事が終わった後に通ってきている。田中邦衛さんが演じる生徒が、めちゃくちゃ素晴らしい。抜群の演技だ。もちろん生徒が憧れる先生には竹下景子さんだ。山田洋次組のメンバーさんだ。

「字を書くことができると、自分の思いを伝える文章が書けるようになる」。映画では、生徒の田中邦衛さんが先生の竹下景子さんに、何時間もかけて一枚のはがきを書く。「先生、僕のお嫁さんになってください」。胸がじ~~ん、いいな~!

字が書けて、字が読めて、自分の思いを文章にできるって、素敵なことなんだ!政府がコロナウイルスに関する緊急事態宣言を全国を対象に5月末まで延長すると決めた。「人との接触機会」がますます減ってきてしまう。これを機に、文章にて自分の思いを伝えていきたいものだ。

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父の命日

5月4日は父の命日だ。昭和47年5月4日享年65歳だった。父が亡くなって48年が経った。私は父が45歳母が38歳の時に生まれた。長兄が13歳、次兄が10歳、姉が5歳だった。父からは叱られた記憶が一切ない。父に背負われてお花見やどんど焼きに連れて行ってもらったときの父の背中のぬくもりを覚えている。48年前の5月4日、東京で三畳一間の下宿暮らしをしていた私は、その朝、大家さんの家にある電話から田舎の家に電話をした。珍しく父が電話口に「どう、元気?」「少し風邪気味だけど、まあまあだ」。

5月4日の午後、虫の知らせが。公衆電話から家に電話をすると、叔父が電話口に。「兄さんが先ほど救急車で碓井病院に搬送された、すぐ帰ってくるように」。安中駅に着くと、叔父が駅前で待っていてくれた。叔父の運転する車で病院に。「病室には、母と次兄がいた」。兄が、「麻子が帰ってきたよ!」父は、目を開けて、うなずいてくれた。私はなんも言えなかった。父は亡くなった。心筋梗塞だった。

叔父が、「兄さんは麻子が帰ってくるのを待っていたんだね!君は親孝行したね!」私を可愛がってくれた母も長兄も次兄も叔父さんもみんな亡くなってしまった。

今年は、コロナの影響で墓参りには帰れない。が、ステイホームのおかげで、リビングから夕陽をみながら、ふるさとのことを思い出している。「ふるさとは遠きにありて思うもの、そして悲しくうたふもの。よしやうらぶれて異土の乞食となるとても帰るところにあるまじや、ひとり都のゆふぐれにふるさとおもい涙ぐむ」(室生犀星)。

私が宝物にしている次男の日記がある。小学校5年生の時のものだ。今日は母方の祖父の命日だ。20年前に亡くなった。だから今日はいなかの群馬に行くことになった。9時30分、列車に母と2人だけで乗って出発した。電車に揺られること3時間、やっと田舎に着いた。実家に着くとすぐに墓参りの出かけた。祖父の墓の前にすわり線香を置いて、手を合わせた。「おじいちゃん!僕たちは元気でやっています」。そう頭の中で唱えた。僕は祖父をみたことがないが、となりで手を合わせている母をみて、「お母さん、今どんな気持ちだろうな」そう思った。

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