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2016年7月

高野山へその2

座主の住居の金剛峰寺へ017

国内最大級の石庭。四国産の青い花崗岩で「龍」を、京都の白い砂で「雲海」が表現されている。広さは2340平方メートルで花崗岩は140個あるそうだ。
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大運動会ができるくらいの大広間他、上壇の間、柳の間、梅の間、囲炉裏の間、持仏間等々見学した。いつものとおり事前の予習もせずに行ったので、「へ~ぇ~すごいね~!」。5歳の孫状態だ。まてよ!3歳の孫かな!?

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高野山へ

天空の密教の聖地高野山へ

東京駅7時33分の新幹線に乗り新大阪に着き、そこからバスで高野山に行った。
途中のかつらぎドライブインでは、柿の葉すしを試食した。この地が柿の葉すしの発祥地。柿の産地だから、葉っぱが沢山あるから。「そうなんだ、知らなかった、美味しかった!」桃のデザートの試食もして、高野山目指して出発。我が故郷の浅間山のように高野山という山があるもんだ、と思い込んでいたのだが、「高野山」という名前の山はなかった。標高約1000m級の八っの山々に囲まれた場所を指し、山上の東西6㎞南北3㎞の盆地のことを、「高野山」と呼んでいるのだそうだ。空から見ると蓮の花が咲いたような土地で、曼荼羅八葉蓮台のような形で縁起がいいのだそうだ。
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高野山は816年に 弘法大使(空海上人)によって開かれた真言密教の修行道場であり、全国に広がる高野山真言宗の総本山で、海抜900mの高峰上にある総面積百十余ヘクタール(33万坪)の一大盆地である。山の姿は四仏四菩薩を象徴したと云われていて内八葉・外内葉の峰々に囲まれて八葉連台の形をなしているのだそうだ。004_2
いよいよ高野山の総門へ。大門をバスの中からちらりと見て、006
金剛峰寺参拝へ。高野山は一般庶民の強い信仰と支持を集め、宗派にとらわれず、あらゆる階層の人々の心の憩いの場として発展してきた。老若男女大勢の人たちが来ていた。
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この道は、蛇腹道。緑と赤のコントラストに見とれて、うっとり。この道の由来は、弘法大師が高野山を「東西に龍が伏せたような形をしている」と形容したので、この道が龍のお腹付近にあたるから、蛇腹道と呼ばれるように。また、弘法大師が、竹ぼうきで蛇を払ったという伝承もあるそうだ。「へぇ~そうなんだ!」。

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キューバのナリョナルデー

今日7月26日はキューバのナショナルデーだ。

1953年のこの日カストロ兄弟は、モンカダ兵営襲を襲撃。結果的には失敗した。襲撃者の過半数は捕えられで虐殺された。フィデル・カストロは、モンカダ兵営近くの病院で、分離裁判にかけられた。弁護士であった彼は、自己弁論をした。「歴史は私を無罪にするであろう」この言葉は、カストロ派の運動組織7・26運動綱領になった。
フィデルは15年、ラウルは713年の禁固刑に、が、1955年5月恩赦法で釈放されてメキシコへ。メキシコでチェ・ゲバラを含む同志と資金を集め、1956年12月グランマ号にてオリエンテに上陸82名の同志は、十数名になってしまったが、「大丈夫、きっとうまくいく」リーダーのこの一言(楽観主義)が、キューバ革命を成功へと導いたような気がする。
7月24日び日本キューバ友好協会が主催した「キューバ経済・社会政策路線改革の行方」演題の講演会に参加してきた。
講師の先生は、中央大学名誉教授の鶴田満彦先生。久々に大学生に戻ったような気分になった。鶴田先生は、1934年生まれの日本を代表する経済学者で、日本キューバ友好協会の理事長をこの6月までなさられていた。
1957年からキューバは社会主義をめざして教育の無償化、医療の無料化をはじめ様々な改革を行ってきた。
私がキューバに行った時、日本人の男性が町中で具合が悪くなった。周りのキューバ人が寄ってきてくれて、救急車を呼んで、病院に連れていってくれた。医師がすぐ対応してくれて、治療、数時間後は、元気になってキャンプ場まで戻ってきた。治療費は無料だった。病院には、会計窓口がないのだ。
教育も無償だ。子供達は小奇麗な制服をきて学校に通っていた。
しかし、キューバは2011年からは、新しい経済・社会政策路線を追求して、全国民的な運動を進めている。今回の講演は、この路線改革を経済学の立場からどう評価するのかがテーマだった。

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高地合宿

競泳女子、初の高地合宿

7月20日水曜日の夕刊の日経新聞を開くと、15歳の今井月選手(競泳女子でリオデジャネイロ五輪代表)が、標高2300mで空気が薄いスペインのグラナダで高地トレーニングをしている写真が、目に飛び込んできた。
人間の脳は不思議なものだ。娘と孫娘が住んでいるグラナダは、私にとっては特別の地になっている。だから、テレビや新聞、雑誌等でグラナダの文字を見ると、ぴぴっ!と反応してしまう。
娘は12年前のアテネオリンピックの約2か月前に日本の競泳男子の高地合宿の料理人として、グラナダに行った。
グラナダから選手たちとアテネへ。選手たちのために料理人として働いた。アテネオリンピックのでの競泳はメダルラッシュだった。北島康介氏は、金メダルを2つも取った。
娘は、選手たちとともに素晴らしい感動を味わったようだった。彼女はその後グラナダに戻り、グラナダの料理学校に入り、卒業。それから12年たった今、グラナダで日本食のレストランを経営している。
昨日、娘からラインで、「ママ!平井監督が、リオに行くオリンピックの選手たちを連れてお店にご飯食べにきてくれたよ!」と、写真を送ってきた。
金メダル候補の選手たちが、娘の作った日本食を「美味しい!」と言って食べている様子が私の携帯画面に。
いよいよリオオリンピックが始まる。「がんばれにっぽん!」

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セトモノ

やわらければだいじょうぶ

友人の出版社(あいうえお館)が、相田みつを×ウルトラマンかいじゅうとのコラボの絵本を作った。032
送っていただいた絵本を、早速に私の事務室で孫と読んだ。001
事務室には、いつも相田みつを日めくりが貼ってある。
人それぞれの『見え方・考え方・感じ方』の違いをウルトラ怪獣たちが紐解いてくれます。とのことだ。027
この9月に満3歳になる3番目の孫は、大好きなママに「ママ!一緒に読もう~!」025
ママがおばあちゃんとお仕事の打ち合わせしているときは、「ぼく、ひとりで読む!」022
「直君!お家にこの絵本持って帰って、パパとお兄ちゃんにも見せてね!」023_2
「は~い!」やわらかいこころをもちましょう!
でも、そういうおばあちゃんは、いつもセトモノ。

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水引き草

水引き草目が会いて恥ずかしい

7月に入り、いよいよ本格的な夏がやってきた。我が古家の庭は、緑の緑の大合唱状態だ。水引き草が恥ずかしそうに咲いている。

今日は、被保佐人のSさんが入居している施設に出向き、外出許可をいただいて夏服の買い物をして、回転寿司屋で寿司を食べていただいて、施設までお送りして帰って来た。

Sさんは、3年前に台東区の高齢福祉課からの電話「阿部さん!お願いしたいことがありますので、区役所にきていただけますか?」「はい!直ぐ行きます」で、始まったご縁だ。Sさんにお会いして、「私が貴方のお世話をさせていただくようになるのですが、私でよろしいですか?」Sさんは、私を区役所の職員と、勘違いしたのだろうか、「お姉さんのような年配の人も区役所で働けるんですか?」

東京家庭裁判所に、区長申立でSさんの保佐人になる申立をした。あれから3年、消えてしまっていた年金を回復させて、過去の分も取り戻した。そのお陰で生活保護の申請もしないで、ある施設に入居できた。

Sさんは、私の亡くなった次兄と同じ年齢だ。短い時間だったが、一緒にいると、なんだか大好きだったがお兄ちゃんといるような、、、

玄関の引き戸を開けると、ここに引っ越して直ぐに買った100円の蔦がこんなになってしまって、「お帰り〜!」そして

庭の祠も緑の木々の間から。

玄関を開け、台所の冷蔵庫から缶ビールをだして、まずは、「お疲れ!」極楽極楽。

「お姉さん、また来てね!」認知症がちょっぴり進んでしまっているSさんの笑顔を励みに明日から、後見人の仕事に励みたいものだ。

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