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2016年6月

キューバへその8

女性ならでの視点を経営に活かす。

有名企業の株主総会のラッシュだ。今年の総会で伊藤忠商事にはあの村本厚子さんが、社外取締役の選任された。大きな会社54社が女性社外取締役を置くとのこと。経営人材の多様化を求める海外投資家や企業統治指針を背景に、女性ならではの視点を、ということらしい。
世の中は変わってきた。私が22歳で司法書士になった頃にこんなことがあったことを思い出してしまった。不動産の取引の立会に不動産会社に出向いた時のことだ。買主に「女の司法書士では、ダメだ!おまえに、俺が買う不動産の登記はさせない、この取引にケチをつけるのか?」
あれから44年、今じゃ、、、ありがたいお言葉をいただいている。安倍首相「女性が活躍できる社会に」のスルーガンのお陰かもしれないが、素晴らしい女性が増えてきていることは確かなことだ。キューバでは、キューバ諸国民友好協会の会長は女性、さらにフリオ・アントミオ・メヤキャンプ場の代表も女性だ。そして、キューバにはなんとキューバ女性連盟があったのだ。
農作業の後、キューバ女性連盟の会合に出席した。個性的なお洒落をした女性達が、活発に議論をしていた。残念ながらスペイン語がちんぷんかんぷんなので、なにを議論しているのか解らないが、生き生きしていた。
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ゲバラの残した言葉「戦士として厳しい生活を送るなかで、女性は女性特有の資質を持ちながら、しかも男性と同じように働く能力をもった同志である。女性は戦う能力がある。男性より体力は劣るが、我慢強さはひけをとらない」
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キューバ革命軍には女性兵士もいた。メキシコでの訓練時にゲバラを支えたのは、最初の妻だ。熱心な社会主義運動家で、ゲバラに大きな影響を与えた。ロシアの革命文学やマルクス、毛沢東の著作は彼女を通じて知った。2番目の妻はゲバラとともにゲリラ戦を戦った。流石に、できる男は女の価値を知っている。
ゲバラがボリビアで亡くなって来年は50年、日本にもゲバラのようなできる男が出てきているのだろうか?
さらにゲバラは「女を好きにならないくらいなら男をやめる」と。待てよ!ということは、ゲバラの周りには、「いい女」がいたということなんだ。そういえば、キューバで出会った女性達は、いい女が多かった。

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キューバへその7

緑縁に三人の老婆わらへりき(西東三鬼)358

キューバでの楽しいかったことを、ちらちらと思い出しながら日本での厳しい日々を過ごしている。今週は、被後見人の仕事と、地縁団体東上野町会の仕事と小日向町会の役員の仕事と、さらに東芝の株主総会に出席、東京三田クラブでの会合等、あっという間の一週間だった。
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今日は、これから小日向の家に帰って、佳子ちゃんから借りたDVD「ブエノビスタシシアルクラブを見て、キューバでの楽しかった夢をみたいものだ。

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キューバへその6

土曜日の夜のことだった。被後見人のAさんから「来て頂戴!」「はい!すぐ行きます!」救急車を呼んで、病院へ。救急車のお兄さんと病院の若い先生と若い看護師さんと、若者たちのお陰で、大変な事態にならなくて、よかった。若い人たちのチーム力の凄さに感激!

月曜日に病院の会計の窓口にて、諸手続きをして入院保証金の支払いを済ませた。ふと、思った。そういえば、キューバでは、医療費は無料。病院には会計の窓口がなかった。日本もせめて後期高齢者の医療費は無料にしてほしいものだ。
事務所に戻ってきて、キューバコヒーを飲んで、チェ・ゲバラの肖像画を見ていると、キューバが、あの青い空が恋しい!542
高さ18mのホセ・マルティの像が青空に凛として立ち、キューバ国旗(赤、白、青)が風邪にたなびいている。像の後ろには、星型の高さ109mのホセ・マルティ記念博物館。
因みにホセ・マルティは、詩人だ。1868年の第一次独立戦争に16歳で参戦、その後欧米で亡命生活を送りながら詩人としてその名が知られるようになった。1895年に革命党を結成して第2次独立戦争を指導したキューバの英雄なのだ。
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キューバへその5

5月末には、事業年度が4月1日からの3月31日までの会社の決算の株式会社や公益財団法人、一般社団法人等の総会が開かれた。その総会で選任された役員や理事の登記の案件の業務があり忙しい日々を過ごしている。

今日は、土曜日だが事務所に来て、溜まってしまっている被後見人の金銭出納帳の作成のためにパソコンに向かって入力作業をした。「なんで、この年齢になって、老眼鏡をかけながらこんなことをやらねければならないんだろう~!」ため息をついてしまった。
「楽あれば苦あり」しかたないよね、キューバで楽しい思いをしてきたんだもんね!013
午前中の勤労奉仕の後は、広場で世界各国から集まってきている人たちと雑談。
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昼食後、キャンプ場内にあるキューバの教育の貢献したフリオ・アントニオ・メヤの胸像はの献花式があり、キューバの人たちからの歓迎のセレモニーが。018
広場には、各国の人たちが旗をもって集まっていた。
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それぞれの国の人たちが楽しそうに行進していた。

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キューバへその4

キューバ病が治らない。三好徹氏の書かれたチェ・ゲバラ伝、ゲバラ100の言葉、地球の歩き方の三冊、チェ・ゲバラの顔が大きくプリントされたTシャツを眺めての生活を過ごしている。

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昨晩は、日本キューバ友好協会が主催しているサルサ教室に参加した。先生は、お母様が日本人、お父様がキューバ人のダブル(ハーフではない)の素敵なミーナ先生。神楽坂にあるお教室に夕方7時30分に伺うと、老若男女が12名。大きな鏡の前で、柔軟体操をしていた。キューバで出会ったMさんが「オラッ!」と、声をかけてくれた。彼女は、キューバに旅行した時のガイドさんに見初められて、激しく求愛されて結婚、今はキューバに住んでいる。とってもチャーミングな女性だ。5月中旬から日本に一時帰国されていたのだ。

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キューバでの生活は、朝6時に「コケコッコー!」の鳥の鳴き声が、キャンプ場に鳴り渡る。自衛隊の宿舎のようだ。5人部屋の女性達は、2段ベットから落ちないように起き上がり、メガネをかけて、お互いに「グットモウニング!」

ちょろちょろしかでない蛇口の水で顔を洗い、ペットボトルの水で口をすすぎ、身支度をして食堂に向かい朝食をいただく。001

バナナとグァバとパン、卵焼き、ユーグルト、コヒー。有機農法で作られた食材なので、素朴な味で、美味しくいただいた。009

その後、朝の集会があり、キャンプ場の中の清掃。約1時間半「みんなでやれば、早い」

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掃除した人たちと「やれやれ、やっと終わった!」「なんでこんなところまで来て、普段やったことないことをやるんだろうね?」

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キューバへその3

紫陽花の開花宣言がなされたようだ。月日の経つのは実に早い。いつの間にか6月に入ってしまい、毎日のように定期総会やら定時株主総会とやらがあり、雑事に追われている。この年齢になって、こんな雑な生活をしていていいんだろうか?と、思ってしまって我ながら戸惑っている。

4月に来日したウルグアイの前大統領のホセ・ムヒカさんが東京外語大学で語った「清貧と自由」についての記事が目に留まった。今回のキューバの旅でも、ウルグアイ、ペルー、アルゼンチン、ブラジル等中南米からきたムヒカさんのような、にこにこ顔のおじさんやおじいさんに会うことができた。
ムヒカさんの言葉「人間にはいろんな価値観があります。最も重要な価値観は、生きているということです。人には2つの生き方があります。気のむくままに生きるのか、それとも自らの人生を切り開いて大義を持って生きるのかです。」
「私たちは市場でなんでも買うことができます。しかし、買うのは、お金で買っているのです。そのお金を稼ぐのに費やされたあなたの時間で買っているのです」
キューバで、出会った人たちから「あなたは、本当にしたいことに時間を使っていますか?あなたは沢山のものに囲まれて便利な生活を送っていますが、幸せですか?」このフレーズが、ジワジワと熟成してきている。頭のなかがぬかみそ状態だ。そこで、心機一転。キューバの旅の振り返りをすることにした。
今回は、キューバ諸国民友好協会のメンバーの友人に地下鉄の乗り換えホームでバッタリ会って、「ねぇ~キューバに行かない?」と誘われ「うん、行く!」で、始まった旅だった。032
フリオ・アントニオ・メヤ国際キャンプ場は、ハバナ空港から車で約一時間で着いた。010
キャンプ場では、5人部屋(シェアルーム)での宿泊生活で、私たちの部屋は、スエーデン人とスイス人だった。スエーデン人の女性は、日本で英語を教えていたということで、「日本語オッケー」だったので、ラッキー!英語、スペイン語、フランス語がキャンプ場のあちこちで飛びかわっている。このキャンプ場には世界34か国から老若男女約270名が集まってきていた。046

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