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2016年3月

ソンプール・メーラその5

三月も後3日、時間の流れが速いこと速いこと。

「ジャネーの法則」によると、10歳の子供にとっては、1年は人生の10分の一を占める。60歳の大人にとっての一年は、60分の1。つまり、齢をとればとるほど、人生比の一年は小さくなり、時間の流れもより速く感じるようになるんだそうだ。
インドから帰ってきてあっという間に丸4か月が過ぎてしまった。まだ旅日記が書き終えていない。情けないったらありゃしない。頑張って書くぞ~!
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象つかいのおじさんと、「がんばるぞ~!」
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動物市で、孫のソフィアと同じくらいの女の子が、牛の糞をそ~っと手づかみしてビニール袋に入れている。541
足早に、家族のいるところに運んでいる。540
牛の糞を干して燃料にするのだそうだ。もくもくと、働いている姿に胸が痛くなった。人は何をするために生まれてきたのだろうか?人生の意味は?人生の目的とは?
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夕日に聞いてみましょうか!

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ソンプール・メーラその4

早起きは3文の得

朝4時起きして懐中電灯をもって、ヒンズー教の信者たちが集まる聖なる川のガートに行って、大変な体験をしてきました。
清浄と不潔、神聖と卑猥、慈悲と残忍とが混在していた。これがヒンズーの世界なのだ。441
慣れとは、不思議だ!こんな光景が、目になじんできた。449_2
大勢の人たちが集まるので、お土産やさんが軒を連ねて商売をしている。みんなが、それぞれの場所で一生懸命に生きているんだ!おけらだって、みみずだって、みんなみんな、生きているんだ友達なんだ!466
そですり会う縁の多少の縁、大型マスクのおばあさんとインドのおじさんです。451
それぞれに、個性豊かにテントを張って、お祭りを楽しんでいるようです。家族仲よく幸せそうです。683
お姉ちゃんが妹、弟をだっこして、「私たちは幸せよ」519
「僕たちも幸せだよ」幸せってなんだっけ、なんだっけ。

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開花宣言

さいたさいたさくらがさいた。いかに望もうとも春がこなければ桜は咲かない。

嬉しい~!春がきた!「春よこい!春よこい!歩きはじめたみよちゃんが、赤い鼻緒のジョジョはいて、、、おんもにでようと、、、」二男の息子の長男(私の孫)の2年前の入園式の写真が、私の事務所に飾ってある。彼は、赤い鼻緒の草履をはいて、通園服のポケットに両手を入れて、おすまし顔で、「僕は、今日から幼稚園にいくんだぞ~!」
今年も春が迎えられる。大好きな友人を誘って上野の森にお花見に行ってきた。「願わくば花の下にて春死なむ その望月のころ」お迎えは、まだだよ~!
さくらの花のいろは、優しい!咲き始めたさくらの精霊がささやいてくれた!「優しくなろうね!」来年は、3番目の孫が幼稚園に、赤い鼻緒のジョジョ履いて。来年もお花見ができますように!

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ソンプール・メーラその3

野宿をするテントがあちこちに。
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裸足の子供たちが、もの珍しそうによってくる。454
こんなに子供たちがいるのに、喧嘩している子供たちを見かけていない、ことに気がついた。みんな仲良しなの?456
あれ!この子はひとり?
「雨露が凌げる家があり、温かい飲み物と食べ物があり、柔らかい布団がある 」このことは、当たり前ではないんだ!日本に生まれてよかった!
コテージに戻り朝食をいただく。朝4時出発だったので、お昼までコテージで休憩。日本食が恋しくなってきた。

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ソンプール・メーラその2

ガンダック川は、ガンジス川の支流で、ここから約20㎞下流でガンジス川と合流する。

聖なる川で、女たちは色とりどりのサリーをまとい、水に身体を侵して、合掌し、口をすすぎ、髪を洗う。387

男達は上半身は裸で祈る。396
洋服を着たまま川に入っている少年たちは、紐の先に磁石をつけてお賽銭を拾う労働者だ。こんなに、沢山の人が集まるのだからスリも多いとのこと。ガイドさんからくれぐれも注意をするように、と繰り返し言われた。幸いスリには合わなかったのだが、少々、ショッキングな出来事を見てしまった。サリーを着たおかまが、おじさんをなんともいえないエロっぽい仕草で誘っているのだ。一瞬、目が点に。「こんな風景は、日本では見れない」444
沿道には、物乞いのおばさんが。
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中にはこんな子も。442
身もだえして、口に何かを入れる真似をする子供。這いながら指のない手をさしだす女たち。憐みを誘って、物乞いをしてくる。初めのうちは、目をそむけたくなったのだが、数が多くなると、「あれ!あの手のただれた状態は、さっき見た女の子のただれ具合と似いる」そこで、現地のガイドさんにそ~と、聞いてみると、「多分同じ図柄でペインティングをしたのでしょう!」彼らは、物乞いを生業としているから、いろいろと営業努力をしているのだそうだ。「泥水を飲んでも生き抜く。」この世に生を受けたからには、死ぬまで生きなければならないのだ。

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ソンプール・メーラ

いよいよヒンズー教徒が集まるソンプールへ。

翌日から満月が始まる。ヒンズー教徒にとって満月の日は縁起の良い特別の日でもあり、ソンプールには多くの巡礼者が訪れる。この日から1か月に渡って聖と俗が混在する年に一度の特別な期間「ソンプール。メーラ」。インド中から集められたアジア最大級の動物市が開かれる。
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この期間だけの、宿泊施設に泊まった。ここに泊まっていたのは、私たち日本人とフランス人だけだった。門には、ガードマンがいて両隣りの野宿している現地の人たちが入ってこないように一晩中見張りをしていてくれた。467
お部屋には、水洗トイレ、洗面台、お湯のでるシャワーが完備されていて、なんだか申し訳ないような気持ちになってしまった。
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まだ夜が明けきらぬ早朝に、懐中電灯をもって、カンダック川に向かった。そこには、老若男女が祈りにきていた。411
ガンダック川の向こうから朝日が。387
ガード周辺のお祭りの初日のボートは危険ということで、政府からはの許可がおりなかった。が、現地のガイドさんのコネで、ボートに乗ることができた。この国も、コネとワイロがきくのだ。416
女性はサリーをきたまま沐浴し、後で着替える。429
川の水は濁り、周辺からの排水が流れ込んでいるが、彼らにとっては、聖なる川なのだ、ゆえに、沐浴をし、水を口に含み、聖水として持ちかえるのだ。428
朝日に向かって、真剣に祈っている。何を祈っているのだろうか?432

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ソーンプールへその2

しりきれとんぼの中途半端

注意欠陥多動性障害かもしれない!?いろいろなことが、完結しない。忍ぶ季節だからなのか、それとも、舞い戻ってしまった寒さのせいなのか、心のなかがすっきりしない。
曇天の土曜日、机の引き出しを覗くと、インドの地図や、パンフレット、写真が。インドの旅日記が途中までだった。これがすっきり感なしの原因かもしれない。それとも、何処かに行きたい病にかかったのかも、、、ともあれ、インドの旅の続きを書けば、少しすっきりするかもしれない。
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ソンプールに向かう途中の村では、農作業を手伝う子供たちに出会った。
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畑で、もくもくと作業をする女性。なぜかお父さんの姿が見えない。子供たちは働くお母さんの背中をみて育つ。363
お母さんの仕事を手伝っている子供たちの笑顔が眩しい!
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村の民家では。おじさんがのんきに身体を洗っていた。378
若いおとうさんが子守をしている。ここにもイクメン君が。
お母さんは、畑で農作業、お父さんはお家で子育て!?
編見かもしれないが、、いままで訪問したアジア圏の男達が、もくもくと働いている光景が、思い浮かばい。どちらかというと男同志がたむろしている光景が浮かんでくる。

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愛の賛歌

あなたの燃える手であたしを抱きしめて!

ピアフがこの世に生を受けて、100周年。大竹しのぶさんの舞台「ピアフ」を日比谷にあるシアタークリエで親友のY子ちゃんと観てきた。2011年秋に大竹しのぶさんが初めて演じた。今回は再々演だ。
「愛の賛歌」なので知られるフランスのシャンソン歌手・エディト・ピアフの恋多き激動の人生を大竹しのぶさんが、体当たりで熱演している。大竹しのぶさんといえば、妬ましいくらい「いい男達」を虜にしてしまうような天性の才能があるようだ。
ピアフは色々な男性との恋愛があったけれど、ボクサーの妻子あるマルセル・セルダンを一番愛していたといわれている。
「固く抱き合い燃える指に髪をからませながら、いとしみながら、くちづけをかわすの」。マルセル演じる文学座の横田栄司さんが期待以上だ。実は、横田さんは、私のスタッフの親戚。身びいきを差し引いても、「素敵だ」
「ピアフが大竹しのぶに舞い降りた!」マルセルは、飛行機事故に巻き込まれて死んでしまう。失意のどん底で薬ちゅうになってしまったそのシーンは、まさに鬼気せまる演技で、手に汗だ。ピアフの代表曲も堂々と歌いきった舞台は、素晴らしかった。
帰りは、海老ピラフをおつまみにビールを!と考えていたのだが、残念ながらピラフではなくて、牡蠣フライで、「かんぱ~い!」

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金沢その9

古い町並みが残るひがし茶屋街へ

翌朝は、ホテルで朝食をのんびりといただいた後は、タクシーで浅野川の川岸にある昔の面影が残っているひがし茶屋街へ。093
出格子のがある家が、両脇に軒を連ねている。094
夕方、灯ともし頃になると、軒灯が灯る茶屋から三味線や太鼓の音が聞こえてくるとだそうだ。次回は夜に来てみたいものだ。
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通りを歩いていると、新郎新婦が。テレビの撮影かな?と、思って、伺ってみると、「いえ、違います。」それ以上は、お答えいただけませんでした。おそるおそる、「あの~!写真、とってもいいですか?」「はいどーぞ!」の一言。なんだか素っ気ない。北陸の人だからかな!?099ぶらぶら歩いていると、
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ホテルから乗せてもらったタクシーの運転手さんが話していた横綱級の料亭が。タクシーのなかで、運転手さんに「私たちは、昨晩はつば甚でお食事しましたのよ!」自慢げにセレブを気取って話すと「そうですか、金沢にはもっと有名な料亭がありますよ、つば甚が大関だとすれば、月のなんとかは、横綱です」「へ~!」にわかセレブは、素っ気なく返事をしたのだ。
「ここだ!月のなんとかは」入ってみようよ!「まずいんじゃないの?」「折角ここまできたんだから覗いてみようよ!」101_2
筵の茣蓙を滑らないように歩いていくと。風情のある門が。103
庭をお掃除をしているおばさまに「タクシーの運転手さんに、金沢で一番の料亭と伺ったので、見学させて下さい!」私たちと同じくらい年齢のおばさまは、笑顔で「どうぞどうぞ!」。104
庭を真ん中2LDKぐらいの離れの家屋が数棟ある。ここで、殿方たちは、芸者さんをつれて夜な夜なにをしたんだろうか!?
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ついでに、母屋の玄関に入れていただいた。天井がお見事!「次回は、夜にお越しくださいね!」「はい!」どこのどなた様にお連れいただけるのだろうか?

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金沢その8(つば甚)

持つべきものは友人

私が尊敬する公認会計士のK先生のお陰で、金沢の旅がこんなに豪華になった。

K先生の甥御さんが、このつば甚の総料理長だからだ。以前NHKに料理の達人として紹介されたこともある。総料理長には、k先生の御嬢さんの結婚式でお会いした。その時から是非一度お店にお伺いしたいと、念じていたのだ。K先生の御嬢さんのウエディングドレスのベールの裾を当時3歳の孫娘のソフィァが、持たせていただいたのが7年前のことだから、だいぶ年月がかかってしまった。
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お伺いすると、すぐにご挨拶いただき、帰りにも玄関でご挨拶いただいた。087
すべてに酔いしれたおばさん達は、総料理長を囲んで、「はい!チーズ」大変大変ご馳走になりました。「K先生、このご恩は一生忘れません」持つべきものは、友人だ。

友人といえば、世の中は狭いもので、ここのつば甚のおお女将と不室屋の律子さんは仲良しこよしの間柄だったのだそうだ。重ね重ね律子さんがお元気なころに金沢に来たかった!私が元気なうちに娘の正恵と孫娘のソフィアを連れて行きたいものだ。

7年前のソフィア、おしゃまさんでした。

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金沢その7(つば甚)

伊藤博文さまはフェミニストだった。

小京都と言われいた金沢には、芸者さんがいて、料亭があり、美味しいお酒があり、ということで、必然的にそこには良い男達が集まってくるということになる。芭蕉も訪れたらしい。昔は、外交の場として料亭があったとのこと。私達が通された部屋には伊藤博文公も芸者さんを連れて、美味しい料理とお酒をいただきながら仕事をしたのでは、、、古き良き時代だったのだ。因みに伊藤博文公の2度目の奥様は、小梅さんという芸者さんだったとのこと。この時代の芸者さんは、社交の席で専門的な知識と教養で客をもてなすプロ。

ビールで乾杯!先付。見てください!手前のキュウリのうぐいす、雪をかぶったごぼうの富士山、練り物のおふくさん、食べてしまうのがもったいなくて、、、


碗物牡蠣のしんじょで、うえには池に張った薄氷を大根の薄切りで表現。

お刺身。時々、義父のお供でお料理やさんに行ったときに「お料理は芸術なんだよ!観て楽しんで、食べて楽しんめるんだからね」と、よく話していたことを思い出した。その時は、若かった所為か、「食べてしまってお腹に入ればみな同じでしょ!」なんて、生意気なことを言っていた。今、あの時の義父の年齢になって、「確かに、お料理は、一瞬の芸術だ」と、納得。

次から次へとお料理が。

別嬪のおかみさんがお料理の説明をしてくれるのだが、日本酒がほどよく効いてきて、、、

美味しかったことしか覚えていない。

全て完食。

果物

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  最後は、梅の花を描いた和菓子「うめ~!」と、お抹茶。

ひと足お先の全員66歳のおばあさん達のお雛祭りの夜は男芸者さんなしで、お開きとなった!081_2

酔いしれて、目がとろん、「幸せでございます!」

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金沢その6(つば甚)

加賀料理を老舗の料亭で堪能。

不室屋さんを後にして、向かった先は059
金沢の老舗の料亭「つば甚」060_2 
つば甚は、加賀百万石の礎を築いた前田利家が、尾張に居を構えていた頃から代々のお抱え鍔師だった鍔家で、三代目甚兵衛が1752年に鍔師の傍ら営んだ小亭・塩梅屋「つば屋」が「つば甚」になったのだそうだ。
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玄関を入ると、素晴らしい畳の間だ。
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伊藤博文の書が飾ってある部屋にご案内いただいた。083
床の間のかけ軸、生け花、右横のお雛様、隅々におもてなしの心が。
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犀川と町を一望できる建物は、風格のある日本家屋だ。

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金沢その5(不室屋)

Happy  Wife,Happy Life

律子さんは良妻賢母だった。不室屋のヒット商品のふやきお汁「宝の麩」の誕生のお話を伺った。海外留学をしていた子供たちに、母親の律子さんは、日本の味を手軽に食べられるようにまた栄養にも配慮して、乾燥させた野菜や麩など沢山の具をふやきの最中につめ、金沢風の味にブレンドしたおすましの粉末だしを添えて、「母心」で送ったのだそうだ。
子供たちが当地に住む日本人の知人に分けているうちに、日本人の間で「おいしい!」と話題になり、贈り物として依頼されたのがきっかけで商品として販売することになったのだそうだ。
苦しい闘病生活にも愚痴をこぼさず、遺していく家族ひとりひとりに遺書を書かれて、旅立たれたとのこと、最後まで凛としておられたご様子をご主人から伺った。
お土産も何もたず、突然お伺いして、お茶までご馳走になってさらにご主人からおみやげに宝の麩と麩菓子をたくさんいただてしまった。「天国の律子さん!ご主人によろしくお伝えくださいね!」

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金沢その4( 不室屋)

今日は楽しいひな祭り

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不室屋の2階には、律子さんのコレクションのりっぱなお雛様が、私たちを迎えてくれた。039_2
可愛らしいお雛様も並んでいる。ひとつひとつのお雛様に、律子さんの慈しい姿が忍ばれる。実は、律子さんは、一昨年の10月に発病されて昨年の4月に天に召されていたのだ。
昨年の3月3日は、律子さんはこのお雛様達と楽しいひな祭りを過ごされたのだろか。
お店の上品な店員さんに「すみません!私たちは、5代当主の奥様の律子さんの友達でした。厚かましいお願いなんですが、ご主人にお会いしたいんです!おられますか?」「この本店にはおりませんが、本社にいるか確認してみます。」「有難うございます。」「本社にはおりませんでした。」「そうですか、残念!突然だからしかたないですね!」
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お店の奥を覗いてみると、喫茶コーナーが。折角だからお茶していきましょ~う!ということで、お茶していると、「お待たせしました!」不室屋の5代当主が、「ようこそ、いらしてくださいました。家内が一緒に遊んでいただいて有難うございました。2階に是非上がって下さい。」「はい!」ということで、041
律子さんのコレクションが展示してあるお部屋にご案内いただいた。
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「すてき~!」
ご主人さまから律子さんのことをお伺いした。「この夫にしてこの妻あり」朝ドラのあささんと新次郎さんみたいだ。042
律子さんがお元気なときにここに伺いたかった!律子さんの思いで話に花がさいて、時間があっという間に過ぎてしまった。

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金沢その3

March comes in like a lion and goes out like a lamb

(3月は獅子のように入り来て子羊のように出て行く)。3月に入った。猛々しいライオンが優しい子羊に変身するのを心待ちにする季節、すぐそこに春が、、、「春隣りとなりのひとは花粉症」
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近江町市場を見学後、どんよりした曇り空のなかを不室屋の本店へ。150年続いている老舗の本店とあって、趣のある落ち着い建物に、「さすが~!歴史を感じるね!」ここでもおばさん達は、感心しきり。032
看板も古い、そして味がある。人間もしかりかな?
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お店に一歩はいると、目の前に5代当主の奥様のお雛様と、総持寺のえらいお坊様の書かれたこれまた、味のある看板が。051
お店には、あの有名な「宝の麩」が綺麗に並べられていた。この宝の麩は、5代当主の奥様の律子さんが発案されたものだ。実は、私は奥様の律子さんとは、4年前に友人の紹介でお会いして、スリランカに一緒に紅茶の勉強に行ったり、国立劇場で浄瑠璃を見たり、女子会のメンバーのフランスレストランで食事会をしたりしてのお交わりをいただいていた。「金沢に遊びにきてね!」と、誘われていたのだ。やっとこれた。

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金沢その2

金沢やああ金沢や金沢や

タクシーに乗って向かった先は、金沢21世紀美術館。015
建物と一体化した恒久展示品を体感し、現代アートに親しめるスタイリッシュな美術館として若い人たちに人気のある美術館だ。018
広い敷地に、ガス張りの美術館には、土曜日ということもあってか、若い人たちでごった返していた。おばさんは、「へ~!これが現代アートなんだ!」感心しかり。014
近くの金沢城公園には、松ノ木の雪よけツリーだ。019
塀には、雪はねよけが。金沢の冬の風物詩。金沢城公園を横切って向かった先は、近江町市場024
この市場の始まりは1721年。以来、金沢の食文化を支える「市民の台所」として親しまれているこのこと。上野のアメ横と同じような匂いがした。つまり観光客の市場、特に海外の旅行客が集まる市場だ。この日は中国、韓国の人たちが大勢いた。027
カニ、えび等石川の海の食材がところせましと並んでいる。029
加能ガニは、一匹18000円、高いのだか安のだか、、、、030
これが、有名なのどぐろ、ほんとにのどが黒いんだ!因みに、はらが黒いさかながいたとしたら、はらぐろ!?

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