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2015年11月

秋霖その2

その場になってみないとわからない。

肌寒いこんな日は、温かい紅茶でも入れて読み散らかしている雑誌や本の整理をする。こんな記事を見つけた。

「どんなに情報を集めても、そこを歩いてみなければ街の素晴らしいさはわからない。どんなに生き方を学んでも、現実を生きてみなければ人生の真実はわからない。具体的に心と身体で、全力を尽くすとき新たな扉が開くのである。」

この言葉の意味が、この一年の私に起きた出来事のお陰で、少しわかったような気がするが、「なんで私がこんな目に合うの?」この気持ちはなかなか消えない。全力を尽くしてないからか?新しい扉がまだ開かない。

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秋霖

窓を叩く雨の音で目覚める。今日はのんびりマッタリ

秋のこの時期に降る雨のことを秋霖というのだそうだ。「霖」という言葉自体に長く降る雨という意味が込められているんだそうだ。因み春の長雨は「春霖」。

今年も残りわずか、もの思いにふけるのも悪くない。昨年の今頃は、遺言執行の仕事で辛い目にあっていた。生まれて初めて裁判所から訴状が来て「被告」となった。「なんでこの私が訴えられるの?」友人の弁護士に訴状を見せに飛んで行ったら、ニヤニヤしながら「被告人でなくてよかったね!」元検事さんは、言うことが違う。

友人と息子、嫁、嫁の友人弁護士達のお陰で、「被告」は卒業できた。ひとり静かに卒業式でもやろう。

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