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生老病死

午後3時、Tさんが入院している病院から電話がありました。「阿部先生!Tさんが危篤です。」「すぐに行きます」電車に乗っている間中祈りつづけました。病室に入ると、担当医の先生と看護師のSさんが、「午後から急に容態が悪くなりました。」

昨年の6月に社会福祉協議会からの要請により、家庭裁判所の審判を経て、Tさんの保佐人に就任しました。Tさんは、お一人暮しでお身内がおりません。私が保佐人になってから、都内の病院に入院を2回、お元気になられたのですが、「一人での生活は無理」ということで、埼玉県にある施設に入所。約半年、施設のスタッフの方達とも良いコミニュケーションがとれるようになり、安定した生活が送れるようになってきた矢先でした。

Tさんは、私の亡くなった長兄と同じ年齢です。私がTさんの保佐人になることに迷っていた時に、アメリカにいる息子に相談したことがありました。「亡くなったおじちゃんに、恩返しのつもりでお世話すれば!麻子さんが妹になればいいんだよ!」思い出しました。「初心忘れべからず」

担当医のW先生は、「お話があります」「はい」いよいよ怖れていたことが、、、、「W先生、私は保佐人です」「はい、判っています」。「私には、医療の同意権はありません」「はい、知っています」。何に、私は怖れているのでしょうか?

W先生は、今までの経過、今日の状態、今後のことを丁寧に説明してくれました。W先生には病院に面会にくる度にお会いておりましたので、なんでも言えます。「先生!苦しいのは嫌です」「はい、出来るだけのことはやります」生老病死からは逃げれません。

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