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2013年12月

逝く年その2

海外旅行は、今のところ順調に年6回は達成しています。このペースでいけば、「88ヶ国巡り」(友人が四国88ヶ所巡りに挑戦しているのを真似しました。) は、実現しそうです。

新しい仕事は、成年後見人と保佐人の就任です。現在、成年後見人には5人、保佐人には1人です。来年早々には、成年後見人と保佐人になる予定です。(現在、家庭裁判所に申し立て中です。)こちらもこのペースでいけば、「10人」は、実現しそうです。

飲み会は、回数が少なくなりましたので、実現しています。(飲み友達も病気で飲めなくなったり、あの世に引っ越してしまったりとで、少なくなってきています。)

断捨離は、いつ迄経っても実現しそうにありません。いつの間にかものが貯まってしまいます。友人に「ひとつ買ったら、ふたつ捨てる。ものを買う時には、これを買ったらなにを捨てるか、を考えて買いなさい」と云われているのですが、実践できません。困ったものです。

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逝く年

続きを読む "逝く年"

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グラナダの夕日

泣いても笑っても後1日で今年も終わりです。1年が、あっという間に過ぎてしまいました。今年もいろいろな国に行き、夕日を見ることができました。2月はミャンマーの夕日、3月はボリビアの夕日、5月はタクラマン砂漠の夕日、7月はスペインのマラガの夕日、8月はインドのラダックの夕日、10月はイランのカスピ海の夕日、そして最後はグラナダの夕日です。
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今年は、沈まぬ太陽をお書きになった山崎豊子さんんがお亡くなりなりました。謹んでご冥福をお祈りいたします。文藝春秋に載っていた彼女の秘書の追悼記事を読み「作家魂」に感動いたしました。
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グラナダの太陽は、ゆっくりと沈みました。
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太陽が沈んだ後の娘と孫娘が住んでいる村です。

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日本旅行作家協会

今年も沢山の素敵なお出逢いをいただきました。11月には、日本旅行作家協会のお集まりに参加させていただきました。日本作家旅行協会の初代の会長は、斎藤茂太さん、2代目は、兼高かおるさん、今は、下重曉子さんです。この日の会場は、目黒雅叙園でした。約5年前には、私はこの近くに住んで雅叙園の中にあるスポーツクラブに通っていました。懐かしさに負けそうな気持ちで目黒駅わきのあの急な坂道をくだり落ちました。

会場には、兼高さん、下重さんがおりました。お2人とも想像外に小柄でチャーミングでした。思いがけなく椎名誠にお会いできました。椎名誠さんんには、10年前にある雑誌の取材でお会いしたんです。なんと、ある雑誌に毎回連載していただいた画家にもお会いしてしまいました。不思議なことに、このところ行くとこ行くとこで昔ご縁をいただいた方にお会いします。長生きしているお陰ですかねぇ!

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M先生のことその2

先生は、「司法書士の仕事は天職でした。」と、話されました。コツコツと自分の仕事を積み重ねてきた人のみが言える言葉です。素晴らしい先輩にお出逢いできたことに感謝です。

先生と比べようもないことですが、私といえば、40年も司法書士業務をしているのに、「私にはもっと向いている仕事があるのでは?」と思うことがあります。特に、仕事でチョンボをしてしまった時は、「私には、このような仕事は無理なんだ!どうして性格的に一番向いていない仕事を選んじゃったんだろう。」と、ボヤきの麻子になってしまいます。

先日もチョンボをしてしまいました。「思い込みは、失敗の父」でした。急いで、訂正するための書類を作成して、お詫びにお客様の会社に伺いました。私の子供と同じくらいの若い担当者からは「バカだチョンだとの」罵りを受け、40代の副支店長からは、「アポなしでくるのは非常識だ」と叱られました。私の失敗ですから何を言われても「申し訳ありませんと、謝るしかありません。」「やっぱ、私にはこの仕事は向いていない」でも、これから20年頑張れば、もしかしたら、M先生のように成れるかも⁉︎
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M先生のこと

記念講演には、先生を慕う沢山の司法書士が来ておりました。

先生は、戦前生まれです。海軍兵学校でのこと、終戦後の勤務先の裁判所でのこと、司法書士になった経緯、30代で司法書士事務所を開業時でのこと、ここに至るまでの道のりを、講談調子に語ってくださいました。

まさに「山あり谷あり」の道のりでした。私は、先生のお話しを伺って、「やっぱり、先生もそうだったんですね!」先生もにんげんだったんです。「よくぞここまで戦ってこれました」。

先生は、司法書士業界の発展、特に、簡易裁判所における代理権の取得の為に心血を注いでくださいました。高金利で苦しんでいる多重債務者の救済、少額で、弁護士事務所に門前払いをされた中小企業の経営者への支援等、司法書士が活躍することができるようになったのは、ひとえに先生の功績と云っても過言ではないでしょう!

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M先生の退会記念講義

今年もいろいろなことがありました。私が、20代初めに司法書士の修習時代からお世話になったM先生が、85歳のお誕生日に司法書士会を退会いたしました。私が初めてお会いした時は、確か40代前半で、眩しい存在でした。当時M先生は、全国青年司法書士会を有志と立ち上げて自ら会長となり活動しておりました。私が見習修習をしていた事務所の近くに事務所があり、加えて大学の先輩ということもあって、先生が主催する勉強会に参加させていただきました。いろいろな所連れて行っていただき、貴重な体験をさせていただきました。私が開業した時は、登記事件を沢山紹介していただいたおかげで何とか事務所を維持することができました。私の恩人です。

保佐人その8

なぜ不正が亡くならないのか?、後見人は、なぜ被後見人の金を横領するのか?「横領することは、罪である」。昔から「人さまのものはとってはいけません」。と家や学校で教えてもらっているのに、、、、ところで、人は、なぜ罪を犯すんでしょうか?この世になぜ悪が存在するんでしょうか?

8月に行ったインドのラダックでのチベット仏教の僧院廻りで、毎日観続けた「輪廻転生図の地獄図」が、鮮明に浮かんできました。「人さまもの盗んだら地獄に行く」そういえば、なくなった両親が言ってました。私が見た地獄絵図は、「恐ろしいところ」でした。

後見人、保佐人の横領の防止策として、「地獄に行きたくなかったら人さまのものはとらないようにしましょう!」と、標語でも作って、司法書士会の会報に投稿してみましょうかねえ⁉︎⁉︎

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保佐人その7

グラナダに来て3日も過ぎてしまいました。時差ボケと、スペイン語がチンプンカンプン状態と、加えてお天気がイマイチの所為で、本ボケになりそうです。そこで、保佐人続きを書きます。

⚪️⚪️さんが施設での様子は、毎日、電話にて施設のケアマネさんに尋ねました。「⚪️⚪️さんの様子は、どうですか?ご飯食べてますか?」「しっかりとご飯は、食べています。ほとんど、毎回完食です。昨日は、カラオケで歌ってました。」「あゝ良かった!ありがとうございます。」「先生!こちらのことは、大丈夫です。ご心配なさらないで下さい」「くれぐれもよろしくお願いします。」
ついつい後回しにしているやらなければならないことがあります。銀行、区役所、社会保険庁に出向いて「保佐人の届け」の手続きです。丸1日かかりました。どこに行っても、書かなければならない書類が山のようにあります。この作業も何とか簡素化できないでしょうか?

東京家庭裁判所と司法書士会(リーガルサポートセンター)への報告も大変な作業です。残念なことに、このところ職業後見人等が不正していることが社会問題化している状況を鑑みれば、致し方ないのかもしれませんが、、、
「人間は不正をする生きものです。だから、厳しく監視するんです。」そうでしょうか?

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アゼルバイジャンの日の出

「月は西に陽は東」もしかして「月は東に陽は西に」
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手を伸ばせば、そこはアゼルバイジャンです。

「右や左のダンナ様」状態です。今まで見たことがなかった風景です。(前に見たことが有るのかもしれないのですが、その都度、見るもの聴くものが初めてのような気がするんです。)
いずれにしても、素晴らしい風景でした!
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カスピ海の日の出

翌朝は、早起きしてカスピ海に日の出を見に出かけました。
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雲空です。
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少し明るくなってきました。
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日の出が見えそうです。
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出てきました。
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カスピ海の日の出です。
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日の出を見ている女性の後ろ姿に「憂い」を感じました。「カスピ海ほとりにひとり熟女かな」

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カスピ海の満月

満月やカスピカの海に月の道

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この日宿泊したホテルのベランダから撮った満月です。カスんでいます!なんてたってカスピ海ですから!?!?
カスピ海に満月の鑑賞には、今回のイランの旅でご縁をいただいたカメラマン風の素敵な同年代の⚪️さん、添乗員の素敵な△さんと出かけました。△さん、「阿部さん、素晴らしい風景ですね!」「長生きした甲斐があります。」⚪️さん、「一句どうですか?」「⚪️さんこそ、一句お願いしますよ!」「満月や戦う猫は伸びあがり」ジェ、じぇジェ。「これは、親父の句なんです。」なんとなんと、⚪️さんのご両親は、有名な俳人だったのです。旅に出ると、思いがけない人達と、「旅は道ずれ世は情け」状況になれます。

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クリスマスツリーその2

翌朝、目が覚めて、一階のリビングに行くと、
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料理人の娘が用意してくれていたテーブルです。驚き桃の木山椒の木でした。

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クリスマスツリー

マラガの空港では、成田で預けたトランクが出てきません。パリで乗り換えの時にどこか別の飛行機に乗って行ってしまったかもしれません。以前にもトランクが行方不明になっしまったっことがありましたので、「またですか…!」ここは日本じゃない、スペインなんだ。しかたなく、空港の職員にたづねました。「孫娘へのクリスマスプレゼントを入れたトランクが無い、探して下さい、」「何処からきたの?」「ハポン」別のターンテーブルに、ぽつんと一つありました。

空港に車で迎えにきてくれているはずの娘が見当たりません。夜中の2時です。近くのホテルに泊まって明日朝バスでグラナダに行くしかない、と思っていると、「ママ!!」娘がニコニコしながら、いました。嬉しかったですねぇ!ガラガラの高速道路を走ること1時間、やっとグラナダの家に到着。娘と孫娘が作ったクリスマスツリーが待っていてくれました。
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グラナダに着きました

24日日本時間12時55分に成田発、スペインのマラガには、25日スペイン時間1時30分到着。時差が8時間、ということは、?時間かかってやっと到着しました。10年前にスペインに始めて来たときのことを思い出しました。国際線スチュワーデスをしていた親友が、私の為にチケットを購入してくれて、高校時代に使用した世界地図みながら[麻子ねえ、スペインは、遠いし、ものすごく治安が悪いからきおつけてね!加えて、おじさんに声をかけられても、無視しなさいよ!なるべく汚い洋服をきて行きなさい。]

親友のアドバイスを忠実に守りました。お蔭で、あれから10年、今じゃ、綺麗な洋服をきて、爪には、今はやりのネイルをしてい
ても、おじいさんにも無視されて、何事も無く、スペインと日本を年に2回は、往復できるようになりました。ありがたや御身こころすなおなりによりいい、めでたけれ(謡いの台詞です。)

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カスピ海の夕陽

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イランの旅日記も途中のままです。今年こそは、次ぎの旅に行くまでは、書き切ろうと決めたのですが、、、やはりダメでした。せめてアイパットで撮った写真を載せて、誤魔化します。カスピ海の夕陽です。この日は、満月。夕食後にカスピ海に映る満月を見に出かけました。残念ながら、私のカメラでは、満月は写りませんでした。ここで、一句「満月やああ満月や満月や」あゝ情けない。

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めでたけれ

いよいよ今年も残すところ8日となってしまいました。この1年いろいろなことがありましたが、年の終わりに「めでたけれ」で終わることができそうです。

60の手習いで始めた「謡」のお楽しみ会が3回目を迎えることができました。謡のうの字も分からなく、「声さえ出れば大丈夫、先生は麻子さん好みの若いイケメン君、毎回お稽古の後は、飲み会付き」ということで、お友達を誘って始めました。時には、お稽古はパスしても飲み会だけには、参加ということもありましたが、なんとか3年続きました。029
姉弟子の二葉ちゃんが「猩猩の仕舞」、私と佳子ちゃんが「猩猩の素謡」です。
親孝行の男の話です。
ある晩のこと、高風という男は、市でお酒を売れば富み栄えるという夢を見ます。夢のお告げに従ってお酒の商売をしたところお金持ちになりました。いつもいつも高風から酒を買い求めて飲む者がおりました。いくら飲んでも顔色の変わることはありません。名を訪ねると海中に住む「猩猩」でと名乗ります。
ある日、高風は、酒を持って「猩猩」が現れるにを待っていました。そこへ赤い顔の「猩猩」が現れます。「猩猩」は、高風に逢えた喜びを語り、酒を飲み、舞いを舞います。そして「心の素直」な高風を称え、今までの酒のお礼として、「酌めども尽きない酒の泉が湧く壺」を贈ったうえで、酔いのままに臥します。実はこれは、高風の夢での中のことでした。が、なんと「酒の泉が湧く壺」はそのまま高風の手元に残り、高風の家は長く栄えたという、まことにめでたいことでした。ジャン、ジャン!040
見て下さい!二葉ちゃんの堂々の舞いです。027
この後、二葉ちゃんより60歳上の妹弟子は、喉から心臓がでてしまうのでは!?と思うような緊張で、本番の前に臥してしまいそうでした。
「御酒とお聞く、猩猩舞いを舞はうよ、萬代までの竹の葉の酒、酌めどもつきず、飲めども変わらぬ、足元はよろよろと酔いに臥したる枕の夢の覚ると思えば泉はそのまま、つきせぬ宿こそめでたけれ」。
なんとか、謡終えました。足は、しびれてやっと立ちあがり、舞台からの退場は「足元はよろよろ、肩はうちしがれ」。006
打ち上げにいただいたビールの味が忘れられません、病みつきになりそうです。二葉ちゃん来年もよろしくお願いいたします。086
私の親友の陽子ちゃんです。「羽衣」の独吟です。見て下さい!この素敵な姿形、もちろん声も」(どうみても、小学生のお孫さんがいるとは!?)先生は、弟子達の個性をよくとらえていてくれます。私と佳子ちゃんが「猩猩」、優子ちゃんと富ちゃんは「竹生島」です。023
「よく遊びよく働く」の私の素敵な友人達です。
きもの学院にもお世話になったお陰で、この日は、一人で袋帯も結べました。この着物と帯は、なんと40年前に「結納」の時にきたものなんです。なが~い間、箪笥のなかで待っていてくれました。
明日は、スペインに出かけます。パリ経由でマラガに行き、そこからグラナダに行きます。今日は、孫娘の好物の「梅干し、日本茶、御煎餅」を沢山買ってきました。これから荷造りです。今年も感謝、感謝の一年でした。

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ガラ・ケリーサー(聖タデウス教会)

この日は、タブリーズからマークーへをバスで往復いたしました。世界遺産の聖タデウス教会の見学です。トルコやアゼルバイジャンとの国境に近いのでバスのチェックポイントが多く、チェックに時間がかかりました。011

チェックポイントには、交通事故でぺちゃんこになった無残な車の残骸が飾ってありました。
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タブリーズの近郊には大きな工場が沢山あります。013
沢山の工場があるのは、トルコに近いからでしょうか?
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しばらくすると、この日は、お天気がよかったので、遠くに「ノアの方舟がたどり着いたアララット山」がみえました。アララット山は、現在、トルコ領にありますがキリスト教徒であるアルメニア人のこころ拠り所でもあるそうです。もちろんイスラム教徒にとっても大切な山です。020
アララット山を背景に「あら!?あら!?」若い男が近づいてきました。「何年ぶりでしょうか!男に肩を抱かれるなんて!どうしましょ~!冥土の土産にいたしましょう!」021
丘陵地帯のなかに、聖タデウス教会が見えてきました。紀元68年に建てられました。最初は主に黒い石を使って建てられ、その外観から「黒の教会」と呼ばれるようになったのだそうです。元の建物は、13世紀の地震で倒壊、現在の建物は、17世紀ごろに再建されたそうです。023
建物の壁には彫刻作品が沢山彫られいます。028
シンプルな祭壇です。
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天井からは優しい陽がさしてきます。046
教会の外をひと回りです。036
出口で、スカーフをお洒落にまいたイケメン君と出会いました。060
もう2度と来ることはないでしょう~!雲ひとつない黒の教会の前で記念撮影です。

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バザール内のモスク

バザールの中にはモスクがあります。104

モスクを背に記念撮影です。
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立派な顔立ちの男の子に声をかけて、写真を撮らせてもらいました。すると、この男の子が手招きして「モスクの鍵があるから、特別に中をみせてあげる」じぇ、じぇ、じぇ、111
素晴らしいステンドガラスです。114
床に敷かれている絨毯を見て下さい!シャンデリアも素敵です。120
壁も絨毯もステンドガラスもまさに「美のつぼ」です。121
バザールの閉店時間となりました。126
ホテルに向かうバスのなかからは「絨毯のような夕焼け」を楽しみました。

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ペルシャ絨毯

絨毯バザールは世界一です。092

バザール内は屋根付きの迷路のような狭い通路が縦横無尽に広がっています。さすがに世界遺産のことだけのことはあります。壮観です。083_2
所狭しと画ぶち入りの絨毯が並べられています。085_3
ヨーロッパの貴婦人達です。094
犬をだいた愛くるしい女の子です。093
イランの美女です。088
天女でしょうか!086
ルノワールの絵!?!?095
小人が住んでいそうなお城です。096
モスクのようです。091
超沢山の絨毯のオンパレードです。089_2
ずーと絨毯を見ていたかったのですが、そろそろ帰る時間となりました。おしまいは、イケメン君の笑顔に、「ヘイリー・マムヌーン(ペルシャ語でとうもありがとう」。

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ダブリーズのバザール

キャンドヴァーン村見学の後は、交易都市ダブリーズのユネスコの世界遺産に登録されたバザールの見学です。店「の数は、7000を越えるそうです。生憎この日は定休日の店が多くて少々静かでした。270

マルコポーロもここを訪れ、そおの活気ある様子に驚嘆したとのことです。香辛料のお店です。273
元イケメン君です。少々お疲れのようです。290_2
今のイケメン君です。
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お砂糖やさんです。イランではお酒は禁止なので、お砂糖がたくさん売れるそうです。甘党のお国です。272
無意識にイケメン君が目に入ってきてしまいます。277
こちらのイケメン君、モデルのようです。274
吉本系のイケメン君達です。
バザールには、絨毯のお店が沢山あります。素晴らしいペルシャ絨毯を見せていただきました。1枚記念に欲しい絨毯があったのですが、、、、次回来た時の楽しみにとっておくことにしました。

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豆腐料理

興奮したお陰で、ほどよくお腹が空いてきました。食い倒れの京都にふさわしい祇園にある築120年の町家を改装した豆腐専門店の「豆水楼」で、お昼ごはんをいただきました。076

楽しい楽しい京都産地見学は、ここで終了いたしました。080
お昼をいただいた後は、自由行動です。いつも優しく教えてくださる先生をお誘いして、八坂神社のなかにある長楽館でオチャしました。081_2
この長楽館は、明治の煙草王村井吉兵衛の別邸跡で、西洋建築の髄を集めて建築され、英国の殿下、米国の大富豪等賓客をもてなす迎賓館でした。083
いつもは混んでいてなかなか入れないとのことでしたが、ラッキーなことに入れました。
美味しいコーヒー、紅茶、ケーキで、「かんぱ~ぃ!」有難うございました。「行って観て、出逢って感動」の素晴らしい京都旅行でした。
お陰さまで、「きものでの研修旅行」無事に終わりました。またひとつ「楽しい思いで」が増えました。
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素敵なあおやまきもの学院の学友です。「師走にきもので京都ではんなり」今年も幸せな年になりました。

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京友禅工房見学

お勉強の後、宿泊先の三井ガーデンホテル京都四条に到着したのは18時、その後夕食をいただいて、部屋の戻って着物の帯をほどいたときは、自分を誉めました。「やれば、でくるじゃん!」お風呂に入って、なごみ処にて、マッサージをたつぷり1時間していただきました。

翌朝は、爽やかな目覚めです。きものを着て、京友禅工房見学です。051
バスにて、山科の小糸染芸に伺いました。5代目小糸太郎氏のお出迎えです。江戸の終わりに初代小糸重助氏が友禅業を創業、明治、大正、昭和、平成と5代にわたり染め一筋に受け継がれている老舗です。
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早速に工場のなかを見学させていただきました。色の調合の実演です。
中華料理店の調理場ようにおたまでの調合です。まさにさじ加減で色が作られていくのです。「これぞ、職人技です」その日の温度、湿度によって色がかわるのだそうです。061
摺りこみ友禅の工房です。職人さんがもくもくと作業しておりました。渋柿の和紙で作られて伊勢型紙、鹿毛の刷毛、もち米と糠の友禅糊などの材料と道具を見せていただきました。
068 「匠の技」で丁寧につくられていきます。069
職人技をご披露いただき、「すご~い!」の連続でした。072
きものでできた屏風です。感動ものでした。着物と帯を沢山見せていただきました。
テンションが上がってしまい「清水の舞台から飛び降りてしまいました!」太郎さんデザインのきものと帯を購入してしまったのです。今日から暫らくは、「水飲んで暮らします」

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糸染工場見学

すっかり京都モードになってからいよいよお勉強です。糸染工場の見学です。

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絹糸を触らせていただきました。にしき染色の社長さんからご説明いただきました。033

京都弁が耳に心地よく入ってきました。いろいろご説明いただいたのですが、残念ながらよく覚えておりません。色にはいろいろあって、「色染めは、大変な作業なんだ!」ということが解りました。035_2

工場内は、職人さんの邪魔にならないように見学させていただきました。036

有難うございました。この後、西陣まいづる本社にて社長さんから「ものづくりの極意」の講義を伺いました。私の生まれ故郷の群馬県の安中榛名の蚕農家の上原さんのお話があり、「じぇ、じぇ、じぇ、」状態です。故郷の人が褒められたのです。嬉しかったですね~!故郷自慢ができました。

ものづくりには、「感動、満足 安心、信頼、信用」がなくては成り立たないとのお話を伺いました。私の司法書士の仕事も同じなのでは、と思いました。これからは、「お客様に満足していただく仕事をしなければ」と、反省しかりです。そのあと、素晴らしい西陣織りの帯を沢山みせていただきました。

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瑞峯院

完食の後は、隣の瑞峯院へ。ここは、室町時代にキリシタン大名として有名な大友宗麟公が、22歳の折りに得度を受けたお礼に建立。大友宗麟公は、48歳の時に宣教師フランシスコ・ザビエルから洗礼をうけてキリスタン大名として知られております。この庭は、縦に4個、横に3個の石の流れが十字架に組まれ、万民の霊を弔っているのだそうです。024

「閑観高臥して青山に対す」の禅語から銘じられ、閑眠庭と呼ばれているそうです。016_6
独座庭では、ご住職のお話を庭を眺めながら拝聴いたしました。「静かに座して、誰もがもっている尊いおだやかな自分にめざめ、お互いに尊敬しあう日々の生活をすごしたいもの
す」。お腹もいっぱい、胸もいっぱい、幸せいっぱいでいございます。
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「姿勢を整えば、呼吸が整う、心が穏やかになり心が整う、心整えば、顔も整う、顔が整えば、美人になる」ご住職からは、最年長の落ちこぼれ生徒の私のために励ましの教えいただきました。改めて、「心の豊さ」の大切さを再確認いたしました。
 
ご住職には、お子さんが3人、お孫さんもおられるとのことです。孫自慢でもりあがりました。 同年杯のよしみで、厚かましくもツーショットで記念撮影をしていただきました。すっかりと京都モードにはいったところで、これからお勉強です。

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きもので京都

13日朝、東京駅8時12分発の新幹線で京都に行ってきました。私が週一回通っているあおやまきもの学院の課外授業の産地見学です。きものを着ての1泊2日の授業です。60の手習いで始めたきものの着付けは、40肩で、左の腕があがらなくなってしまったことが引き金となって登校拒否状態になってしまいましたが、この産地見学の授業だけはなんとか参加することができました。

「新幹線のなかで、帯がほどけてきたらどうしよう~!」と案じておりましたが、着崩れもなく京都駅に到着しました。京都駅には、あおやま着物の社長が着物姿で待っていてくれました。
まずは、「これぞ京都ざ京都、京都モードになるなら、ここでしょう~!」ということで、大徳寺に向かいました。
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雨のお陰で駐車場はがらがらでした。京都駅に着いた時は、雨が降っていたのですが、東京から来た東おんな達が全員「晴れおんな」のようで、雨もやんでしまいました。
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早速に「京都だいすき~!」005_2
社長のはからいで、「みなさん、朝早かったので、少々早めにお昼ごはんをいただきましょ~!」ということで、008
大慈院に伺いました。009
途中、松の手入れをしている若い庭師さん達が作業をしていました。お正月を迎える準備です。011
精進料理をいただく泉仙の入り口です。
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お料理をいただく前に記念撮影です。私を除いて、みなさんとても綺麗に着物が着れています。
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鉄鉢料理とは、鉄鉢を模った漆の器に四季おりおりの味覚を盛り込んだ精進料理です。
鉄鉢は、インドから奈良時代に伝わって、托鉢の僧が食べ物を受けるために用いた丸い鉢で、鉄製の器です。この他にてんぷら、ゆばとお吸い物と、たくさんの精進料理をいただきました。
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途中、料理長さんから精進料理の説明をいただきました。「仏の教えによって肉類魚介類を使用せずに、穀物、豆類、野菜だけの食材だけを使用したお料理です。食材の味を生かすため、調味料の使用を抑え、食材を余すところなく使い切っています。禅のこころと一緒にお召し上がり下さい」。015
朝ごはんをいただいておりませんので、完食です。鉢が7つしっかりと重なりました。

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キャンドヴァーン村

イランに来てから7日目のこの日は、朝7時にホテルを出発、キャンドヴァーン村に向かいました。途中、バスの検問が2回もありました。バスのなかに警察官が入ってきて「怪しい人間がいないか調べています」。ドキドキです。2回目の検問の時にバスに入ってきたイケメン警官は、一番前の席に座ってしまいました。そのあとバスは発車!「えっ!どうしたの?」なんと次の検問所までのただ乗りだったのです。041

「ただで乗せてあげたんだから、一緒に写真とって!」ということで、「はい、チーズ!」052
検問所にいたおばちゃんとも身ぶり手ぶりで、国際親善です。イランのおばちゃんはとても明るくて、フレンドリーです。
11時30分にキャンドヴァーン村に到着しました。062
山肌に沿って、ニョキニョキと奇岩並んでいます。まさにトルコのカッパドキアのミニカッパドキアです。065
川の手前は、公園になっています。064
公園の中にあるレストランで昼食をいただきました。071
ケバブ、焼きトマト、ポテト、スープ、ナンです。ブドウがデザートです。そろそろ日本食が恋しくなってきました。「おにぎりが食べた~い!」069
孫のソフィァと同じ年頃の女の子がいました!おもわず声をかけて、「一緒写真とって!」
ソフィアは、身長140メートルと大きくなり、おっぱいが膨らんできました。12月24日から会いにグラナダに出かけます。
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隣の屋台のイランのおじさん達です。この手のこい~い顔にも慣れてきました。

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タフテ・ソレイマーン

イランへの旅の記憶がどんどん薄れていきます。そのうちイランいったことだけを覚えていて、イランの何処に行って何をみてきたかも忘れてしまうかもしれません。

この日は、ゾロアスター教の古い神殿の見学でした。227
城塞の前には、牛がのんびりと餌を食べていました。サザン朝時代の6世紀以降に作られたそうです。231    
この遺跡は、1819年にイギリスの旅行者によって発見されたそうです。232
崩れてしまいそうな神殿は、鉄棒で支えられています。この湖は地下から水が湧きでていて、水深は深いところで112メートルもあるそうです。湖を取り囲むようにさまざまな時代の遺跡があります。230    
旅も中盤に差し掛かってくると、一緒に旅をしている人達とは、気心が解ってきて冗談も言えるような親しい関係になれます。旅の楽しみのひとつは、旅友ができることです。旅にでなければ、一生ご縁をいただけないような人達です。今回も素敵な方達ばかりでした。現役で仕事をしている人、退職している悠々自適の生活をしていられて人と半々位です。イランには、2回、3回と来られている人達ばかりで、初めては、私だけでした。Aさんは今年の3月まで、ある学校で先生をなさられていたようで、在職中から学会等で海外にでられることが多かったとのこと、退職後は2カ月に1回のペースで海外旅行をしていて、イランはこれで3回目とのことです。実にまめにメモを取っています。そのメモを見せてもらいました。綺麗な小さな文字がびっしり、そのメモ帖が一冊の旅日記になってしまうほど、素晴らしいものでした。なんとか真似したいと思い、翌日から挑戦したのですが、、、
今、こうしてイランの旅を思い出して記録しておこうという意欲だけはあるのですが、なんせメモがないので、書けません。情けない話です。次回の旅からはメモをとるように心がけます。

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保佐人その6

本日は、小春びよりの良いお天気の師走の土曜日でした。被保佐人の○○さんの退院、施設への入居でした。昨晩の広尾で行われた女子会を早く切り上げての、初めての付き添いでした。恥ずかしいのですが、この歳まで、人さまの退院の手続きをしたことがなかったのです。いささか緊張いたしましたが、事前に病院の医療ケースワーカーのCさんが、事務手続きをしてくださったお陰で、あっと言う間に退院できました。

さらにCさんからは、素敵なメッセージをいただきました。「阿部先生とは色々なお話ができて嬉しかったです。それにとても勉強ができました。○○さんは、本当に素晴らしい方々に支えられていると思います。今後もご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。有難うございました。」
Cさんは、グラナダにいる長女と同じくらいの年齢です。保育園にかよっているお子さんのお母さんです。医療ケースワーカーというお仕事をしながら子育てしています。とても素敵な女性です。今回○○さんの保佐人になってよかったことのひとつは、Cさんに出会えたことです。
入院費を支払い、薬剤師の先生から2週間分の薬とおくすり手帳をいただき、医師からは診断書及び申し送り事項をいただきました。病院の玄関まで、タクシーを呼んでもらいました。
看護婦さんにご挨拶をしてさぁ~施設に出発です。○○さんは、タクシーに乗ると、「おかず横丁によって、家に帰ってから食べる弁当を買っていこう!」「え、え、え、!?」
「今日は、雲ひとつない天気だから隅田公園を回っていきましょう~!」○○さんは、「うん、今日はいい天気だね~!」高速道路に乗って隅田川にかかり桜橋をみながら、「今日は家には帰らないで、ホームに行きます!」と○○さんの顔をみながら話しました。「うん、解った!」
ホームには、ケアマネージャーさんが待っていて、早速にお部屋に案内して下さいました。お部屋は3階で、約6畳でトイレとベットと小さなロッカーがありました。○○さんは、ベランダから見える前のお家のお庭が気にいったようです。しばらくベットに腰掛けて庭を眺めていました。
さて、そのあと私は事務所に行って入所契約をしなければなりません。2センチ以上の説明書と契約書は事前にさぁ~と目を通してきましたが、、確認すべき事項が沢山あって、約1時間かかりました。
契約が無事に終わり、部屋に戻って、足りないもののチェック、ケアマネージャーさんに購入をお願いして、取りあえず、今日の保佐人の仕事は終了です。
○○さんに、「疲れたでしょう~!お昼ごはんをいただいてから少し横になってくださいね!私は今日はこれで帰ります」○○さんは涙目で「有難うございました!」私も涙目で、「近いういちにまた来ます!元気でいてくださいね!」
帰りの電車から見える夕日がいつもより優しく見えました。

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ターゲ・ボスターン

次は、サーサーン朝時代のレリーフが残る遺跡公園の見学です。ターゲ・ボスターンとは「楽園のアーチ」を意味するペルシャ語だそうです。109

公園に入ると池があります。鳥が長閑にお散歩です。左側から二つは、岩をくりぬきその中に彫刻が施してあります。最後は岩に直接、彫刻がしてあります。090

正面に見えるアーチ型の洞窟の壁画に描かれた、左右対称の翼を広げた天使のレリーフは、勝利の女神としてギリシャ神話に登場するニケをモデルにしたという説があるそうです。とてもふくよかな天使です。この天使は、シルクロードを通ってはるか東の日本に伝わり、正倉院の「飛天」のルーツになったともいわれているそうです。

洞窟内部には、鎧を身にまとって槍と楯を手にした馬上のホスロウ2世で、上段は、「帝王の叙任式図」です。098

このレリーフは、体ローマ戦の戦勝祝いを兼ねたアルデシール2世の叙任式を描いたものです。089ゆったりとした穏やかな空間で、のんびり、まったり。旅の疲れがでてきて眠くなりそうでした。

103_3 ハッとするような美人達です。後ろにはイケメン君が。眠気が飛びました!

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可愛い男の子と若いお父さんとイケメン君です。メタボのヘラクレスとは大違い、あごひげがセクシー!

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ビストゥーン

10月14日この日は朝8時にホテルを出発。026

道路の中央帯には、イランイラク戦争で戦死した兵士の写真が沢山ありました。042
ダリウス大王戦勝記念磨崖浮彫の登り口です。039_2
ライオンの上で横たわっている少々メタボのヘラクレス像です。この200メートルくらい左手の崖の中腹に磨崖碑がありました。044
修復工事の足場にさえぎられてしまってまったく見えません。修復工事はここ数年中断されているのだそうです。のんびりしてますね~!048
それにしてもこんなところにレリーフをどうしてつくったんでしょうね~!053
麓では、地元のおばちゃん達がピクニックにきていました。早速に仲間に入れていただきました。長閑です。059
若いお兄さんが、大なべを運んできました。煮込みです。御相伴にあずかりました。「ご馳走さまでした!」

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献体登録

死のあとにやることは、死体の処理です。私は、平成22年2月21日(60歳の誕生日)に日本歯科大学に献体登録の申請をいたしました。慶応義塾大学にしたかったのですが、ここは、倍率が高くてなかなか入れないということでした。申し込みをしてすぐに飯田橋にある日本歯科大学の見学に行きました。飯田橋駅の新宿よりの改札をでと、右は神楽坂方面、左は九段坂方面。橋の上からは市ヶ谷のお堀が見えます。春には桜の花で満開になりお堀には、花筏ができる素晴らしいとことです。嬉しくなりました。「死んだらこんなに素敵なところにこれるんです」。

3月2日に会員証が送られてきました。
拝啓、 春寒の候、阿部麻子様におかれましては、益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。この度は、献体登録をいただきまして、誠にありがとうございます。ご入会にあたり、会員証をお送りいたします。時節がら、くれぐれもご自愛くださいますよう、お祈り申し上げます。敬具
嬉しかったですね~!「合格通知」をいただいたような気分でした。会員証の裏には、「会員がなくなられた時、ご遺族の方へのお願い」事項が記載されています。1、電話連絡2、お迎え日時の打ち合わせ3、必要書類です。
ここで、はたと考えました。「私は子供の世話にはならずに死んでいく」と決めていたんですが、死んだあとに、日本歯科大学に連絡して、埋葬許可書を取得することを誰かにしていただかなければならなくなりました。誰に頼んでおこうかと迷いました。
長女はスペイン、長男はアメリカにいます。日本にいる二男に頼むしかありません。仕方なく二男に電話で頼みました。「私が死んだら、日本歯科大学に電話してね!電話代だけは先にあげておくから」「いくら?」
じぇ、じぇ、じぇ、電話代が貯まるまでは、死ねませんね~!

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尊厳死公正証書

尊厳死で思い出しました。私は、平成22年に60歳を迎えました。還暦の記念に、「尊厳死公正証書」と「献体登録」をしました。以下は私の尊厳死公正証書です。

本公証人は、嘱託人阿部麻子の嘱託により、表題の件に関し同人の陳述内容が嘱託人の真意に基づくものであることを確認して、その趣旨を録取し、この公正証書を作成する。
第1条 私阿部麻子は、私の病気が不治であり、かつ、死が迫っている場合の私に対する医療行為のあり方に関し、私の親族及び私の医療に携わる方々に次のとおり要望いたします。
1 私の病気が現在の医療水準においては不治の状態であり、死期が切迫していると医師により診断された場合には、延命処置は一切行わず、安らかな死を迎えることができますような医療行為を受けることを要望いたします。
2 他方、私の苦痛を和らげる措置であれば実施して下さい。そのために死亡時期が早まることがあってもかまいません。
3 私の要望は、私の子である阿部正恵、阿部望、阿部哲男の承諾を得ております。私が病状の悪化により前記のような延命措置をお願いする能力を失った場合には、私の子供達が医師に対し本公正証書を私の真意に基づく意思表示を記載した書面として交付するように指示してあります。医師におかれましては、私の意のあるところをお汲み取りいただき、私の前記の望みがかないますように可能な限りのご配慮をお願いいたします。
第2条 私の前条の記載の要望は、私自身の健全な精神状態と判断能力の下でなされたものであり、私自身が破棄するか撤回しない限り効力を有するものであります。
 
       阿部麻子
この証書は、平成22年4月23日、本公証人役場において法律の規定に従い作成し、本公証人次に署名押印する。
   東京法務局所属  公証人   
この証書を作成してから3年半が過ぎました。その間、叔母,伯父、兄、姪、親しい友人が次から次へと亡くなりました。誰もが望む「安らかな死や穏やかな死」を迎えることの難しさを、味わいました。
「人は生きてきたように死ぬ」という人がおります。だとしたら、亡くなった父や母や長兄のように「潔く」死にたいものです。

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身終いその2

寝ながら考えました。映画の母は、「人生は人生です」と答えました。私は、「人生はいろいろ」と、でも答えますかね~!(先日お亡くなりになった島倉千代子さんの歌です)たぶん、安楽死協会に登録したときは、彼女は幸せではなかったんだと思います。が、死ぬ時に、確執のあった息子に母は「おまえを愛してる」と口にし、息子も「僕も」と伝えました。死の前に和解ができたんです。

「人生は、オセロゲームである」と、ある人はいいます。「終わりよければすべてよし」と。そうでしょうか?私はそう思いません。死ぬ前ではなく、「今でしょう~!」伝えるのは。子供達に「君たちを愛している」と伝えたいものです。私の人生も終わりに少しずつ近づいています。私はどのように死を迎えるのでしょうか?たった1000円の映画のお陰で、死について考えました。
ところで、私が3人の子供達に「愛してる」と口にしたら、彼らは何と答えてくれるでしょうかね~!「やめて!気持ち悪い~!」ですね!

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母の身終い

久しぶりに銀座にでておひとりさまの休日を楽しんできました。田舎者のせいか「銀座」が大好きです。休日にのんびりと銀座を歩いていると、「大人の女性」になったような落ち着いた気持ちになれます。

銀座でひとりで大人の映画をみてきました。フランス映画「母の身終い」です。映画館は、超空いていました。観客は、私と同じようなおばあさんのおひとりさまがほとんどでした。入場料は1000円ですから、これじゃ、超赤字ですよね~!この映画館つぶれてしまうのでは、と心配してしまうほどでした。
映画は、老人になり不治の病に侵され、息子とは、長年の確執が、、母と息子の最後の時間を描いたものです。
「尊厳死と安楽死」のことがテーマかな?と思ったのですが、、どうやら「愛」がテーマのようでした。
それにしても、なぜ今、このような映画がフランスで作られたのでしょうか?脚本家、監督、出演者は全て、フランス人です。主演女優のエレーヌさんは、1943年生まれのパリ生まれです。昨年パリに行った時のことを思い出しました。町を歩いていると一人で歩いている老人が多いことに気づきました。子供とは別々に暮らして、お互いが精神的、経済的にも自立している老人が多いそうです。パリに住んでいる友人に訊いてみました。パリでは、「親は子の世話にはなりたくない、子は親の世話はしない」という人達が多いのだそうです。
だから、ひとりで、「自分の結末は、自分でつける」ことになるのです。
翻って、日本人の私は?私だって「子の世話にはなりたくない、自分の結末は自分でつけたい」と思っています。
ところで、尊厳死と安楽死どのような違いがあるのでしょうか?ものの本によりますと、「尊厳死」は延命治療を選ばない消極的な選択、「安楽死」は死期を早める積極的な選択、自殺幇助の別名。この映画の母親は、フランスではまだ「安楽死」は、認められてないので、安楽死が合法化されているスイスの施設で死を迎えます。
スイスの施設の関係者による「貴女の人生は幸せでしたか?」という問いに、「人生は人生ですから」と答えるシーンがありました。私だったら、なんと答えるでしょう~!(私にしては、珍しく考えてしまいました!)

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