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2013年11月

シューシュタルの歴史的水利施設

11月も今日で終わりです。明日からは師走です。イランの旅日記をあせって書いておかないと、次の旅行ができません。

イランには世界遺産が沢山あります。その世界遺産のひとつの水利施設の042_3 見学です。
2009年に登録された世界遺産(文化遺産)です。イラン南部フーゼススターン州に位置しています。紀元前5世紀に創建されたものだそうです。041
町の真ん中にこんな施設があって、驚きです。現在もシューシュタル市に水を供給しているんだそうです。049
古代イラン人の水資源の有効利用に関する卓越した技術力を示していることなどが評価されて、世界遺産に登録されたそうです。061
世界遺産を見学にこんなに素敵な女の子がおりました。054_3
なんと!なかのよさそうなカップルでしょう~!見て下さい!この笑顔!幸せ一杯です。羨ましい~!059_2
素敵な彼氏にはカメラマンになっていただいて、女性だけで、日本とイランの女性で、記念写真を。

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保佐人その5

医療ケースワーカーのAさんケアーマネジャーのCさんと話し合いましたが、今の段階では、「特養ホーム」には絶対無理。全国の高齢者人口も1割近くが集中する東京都は、特養ホームの入所は難しい。入所を望ながら入れない、いわゆる「待機老人」は毎年4万人台を推移しています。なかでも人口密度の高い都心の23区は特養ホーム不足が深刻です。

しかたなく、有料施設の事務長さんに電話しました。「連帯保証人なしで入居させて下さい」「今回は、特別にということにします」「ありがとうございます」。
ということで、入居に際しての諸手続きのための書類をいただきました。約2センチ位の契約書が何種類もあります。一条ずつのチェックをしなければなりません。私のような仕事をしている人間でもかなり根気がいります。大変な作業です。
「入居時のお持ちいただくもの」の案内には、肌着上下5着、パジャマ上下3着、普段着上下5着、外着2着、カーデガン2着等々、思いがけなく沢山あります。さて、これは誰が用意するんでしょうか?
そこで、ケアマネージャーのCさんにお尋ねしました。「ご家族のいない入院中の○○さんの入所時に用意するものは、誰にお願いするんですか?」「さ~ぁ~」「今までご自宅にきていただいたヘルパーさんにお願いはできますか?」「できますが、費用がかかります。」「因みに1時間おいくらですか?」「自費あつかいになりますので、結構お高いです」「そんなに高いんだったら私がやります」「それって、先生の仕事ではないですよ!」
はたまた、どうしましょ~!
たまたま、息子から電話がかかってました。そこで、「君、どう思う?」「麻子さんがやれば!どうせひとりで休みの日は、暇してるんでしょ!」「うん!そうだね」「あくまでもボランティアでね!」「ところで、○○さんは何年生まれ?」「昭和13年生まれ」「なんだ~去年なくなったおじちゃん(長兄)と同じ齢なんだね!」「そうなのよ~」「だったら、世話になったおじちゃんに恩返しするつもりでお世話させてもらえば!」「そうだね!そうする」。
さぁ~これから○○さんの顔を見に病院に行ってきます。

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保佐人その4

お値段の高い有料老人ホームに入るには、収入のある家族が必要です。連帯保証人が必要です。○○さんには、家族がいません。連帯保証人になってくれる人もおりません。
有料老人ホームの事務長さんに電話しました。「今回は連帯保証人なしでの契約でお願いいたします。」「○○さんのような方には、保証会社と契約してもらっています。」「でも、保証料をお支払いするのでしょ~!」「そうです」。「だめです、そんなお金はありません!」
特別養護老人ホームになんとしてでも入りたい!けれど、特養入居は、?年待ちです。入居待機者は?万人です。
どうしたらいいんでしょ~!
待てよ!入居に際して問題が起きてきていることは、「もう一度、医療ケースワーカーのAさん、ケアマネージャーのCさんと話し合いなさい」ということかもしれません。
ところで、昨日の日経新聞の記事です。「社会福祉法人利益率は年6パーセント、上場起業上回る水準、介護施設を経営する非営利の社会福祉法人の利益の黒字額の合計が年間5千億円を越えている。2兆円の内部留保がある。」
そのお金、なんに使うつもりなんでしょうか?そんなにお金があるんだったら、もっと介護施設を作るべきです。
もしかして、2兆円のお金は、天下りの理事や関係各位のおえらいさん達に使われてしまうかも!?!?

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保佐人その3

恐る恐る○○さんに伺いました。「そろそろ病院を退院できることになりました。が、入院前のようにお一人でご自宅で生活なさるのは、ご無理なようです。病院のお医者様は、ご自宅に戻られるとまた元のようになってしまうことになるので、施設にはいられるようにとのことですが、○○さん!どうしましょう~!」「家に帰りたいが、ひとりでは不安だし、、、、施設がどんなとこか、見学してみます」。

ということで、施設に見学に行ってきました。郊外の静かなところで、施設の建物は綺麗でした。とりあえず、「お世話になります」ということになりました。
保佐人の仕事が始まりました。入居説明を受けて、入居申し込み書の作成にとりかかりました。入居に際しては連帯保証人が必要です。連帯保証人の所得証明書が添付となります。通常はご家族がなられます。○○さんにはご家族はいません。従いまして、連帯保証人になってくれる人はおりません。施設の事務のかたに「連帯保証人はおりません」と伝えましたところ「先生が連帯保証人になってください」「私は保佐人なので、連帯保証人にはなれません」「施設に入られている被後見人の方で後見人が連帯保証人になっていケースもあります」「そうですか!私は親の遺言で、なれません」「連帯保証人がいないと入居できないんですか?家族のいない方は入居できないんですか、○○さんのように病院では退院して下さい、と言われて病院からは追い出されて、施設には入居できなくて、自宅での介護は無理、という人は、どうしたらいいんですか!死ねということなんですか?」らちがあきません。そこで、「ご検討ください」ということで、とりあえず、引きさがりました。
なんか変です!今晩は、もやもやして眠れそうもありません。

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シューシュ遺跡

チョガー・ザンビールの次ぎは、シューシュ遺跡見学です。この遺跡は、1852年にイギリスの考古学者によって発掘が始まられ、その後フランスの考古学者に引き継がれています。保存状態は、あまりよろしくないようです。136

この遺跡はエラム王国時代からイスラーム期までにある大規模な遺跡なんだそうなんです。私達日本人しか見学者はおりませんでした。155
日本人らしき若者が見えました。「こんなとこに日本人が!」考古学者の卵でしょうかね~!154
装飾が施された馬の彫像だそうです。「へ~!昔の馬は足が短くて、太っていたんだ~!」143
萬万が一何千年後に、この写真を見た人は、「昔のおばあさんは、足が短くて太っていたんだ~!」って言われそうです。
ここは、ダレイオス1世の冬の宮殿があった所であったが、アレクサンダー王によって紀元前331年に破壊されたんだそうです。137
ここは、召使い達の住居だった所かもしれません。郷愁を感じました。私のご先祖さんは、ここの召使いだった!?144_2
帰りのこの遺跡を整備しているおじさんに声かけられました。「俺の写真とって!」イランのおじさん達はとてもフレンドリーです。

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保佐人その2

先日保佐人の審判書が、東京家庭裁判所から送達されました。審判、本件について、当裁判所は、その申立てを相当と認め次のとおり審判する。主文、本人の保佐人として阿部麻子を選任する。

合格通知をもらったような感じです。審判書に「最初にお読みください」との文書が同封されていました。登記番号通知について、「後見人等が、審判書謄本を受け取り2週間が経過すると審判が確定し、審判確定後に裁判所が東京法務局に対し保佐人選任の登記を行います。登記終了後に裁判所から登記番号をお知らせいたします。」
ということは、私が保佐人になったことの登記事項証明書を取得できるのはまだ先ということなんです。が、保佐人としての仕事は、すぐに始めなければなりません。といいますのは、○○さんが入院してしまわれたんです。
早速、病院に出向きました。在宅のときにお世話になっていた地域包括支援センターのBさん居宅介護支援事業所のCさん(お二人とも介護支援専門員、社会福祉士、介護福祉士の資格者です。)に連絡をして、病院に一緒に行ってもらうことになりました。病院には、医療ソーシャルワーカーのDさんが待っていてくださいました。みなさん福祉の専門家です。30から40代で、落ち着いた穏やかな素敵な方達だったので、ほっとしました。
今後それぞれの立場で、○○さんにとって最良の介護はなにか、を考えなければなりません。
病院のDさん「退院後は、在宅での治療は難しいと思いますので、どこか有料老人ホームを探しましょう!」Cさん「都内での有料ホームは、お高いです。特別養護施設を探します」。
Dさん「特養は、なかなか入れません、入るまでにかなり時間がかかります。取りあえず、特養に入れるまで、有料のホームに入られたらいかがですか」
さて、保佐人としては、どうしたらいいんでしょうか?
そこで、改めて、「保佐人に仕事と責任」について学びました。「保佐人とは、判断能力が著しく不十分な人(被保佐人)の権利や財産を守るため、被保佐人が財産上の重要な行為をする際に、それが、被保佐人の利益に適うかどうかを判断して同意を与えたり、同意を得ずに単独でしまった行為を後から取り消したりする人」。「保佐人って、大変な人なんだ!」
しかたなく、「明日にでも、ご本人に伺ってみましょう~!」ということで、帰ってきました。被保佐人の権利を守るために私が選任されたわけです。大変な仕事を引き受けてしまいました。どうしましょ~う!
「果報は寝て(練って)待て」ということわざがあります。今晩はしっかり寝ます。

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イラン料理とレストラン

イランではアルコール飲料は、ご法度です。豚肉もしかりです。なぜ、豚肉を食べてはいけないのか?答え「神様が食べるのを禁じているからです。」かつて、豚の病気が流行して、豚は不潔なものとされたんだそうです。豚肉の成分が使われている日本のインスタントラーメンもイスラム教徒は食べてはいけないことになっています。以前、インドネシアの工場の味の素の製造過程で豚の酵素が使われていたことが判明して大騒ぎになったことがあります。082

イランの代表的な料理は、キャバーベです。西部では、アダナ・ケバブ(羊肉の炭焼き)と呼ばれています。トマトは焼いてあります。手前はフライドポテトです。バターサフランライスと玉ねぎをかじりながら食べます。066_4
玉ねぎの向こうにあるのは、ヨーグルトです。酸味が強くて、、、
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スープです。ナンを入れて食べます。068
なんだかよくわからないものを煮込んだ料理です。ペースト状になっているので、ナンに挟んでたべるんだそうです。067
これは、オムレツです。069
デザートです。ナツメヤシと、ドーナツのようなものです。手前のボーつきの黄色いものは、砂糖です。070
チャイです。砂糖の棒をオチャに入れてかき回していただきます。チャイはグラスで飲みます。「所変われば食変わる」なんでも食べれないと旅行はできません。胃袋もタフになります。072
食事の後は店内見学です。店内の壁は、モザイクタイルで、天井には豪華なシャンデリアが。若いカップルが仲良く食事です。平和な風景です。073_2
皿を洗っている男の子に「写真とっていい?」「もちろん!」手を休めて「はい、チーズ」075
アラブ系の濃い~い顔の男の子が、「僕も撮って!」と言って、水たばこを吸っているポーズを。サービス精神旺盛です。077
店の外に出てくると、「俺の写真を撮ってくれ!」後ろのお兄さんも楽しそうです。食事は、いまいちでしたが、ここで働いているお兄さん達は、結構でした。

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チョガー・ザンビール

10月12日この日は、1979年に世界遺産に登録されたチョガー・ザンビールの見学でした。

ビールで思い出しました。日本にいるときは毎晩ビールを飲んでいましたが、イランに入ってからは一滴も飲んでいません。この国ではアルコールは禁止です。イスラム教徒の国だからです。酒を飲んでいけない理由は何でしょうか?答えは、「酒に酔って神様のことを忘れたり、暴れたりするからだ」とコーランに書いてあるからなんだそうです。そこで、現地のガイドさんに聞いてみました。「酔わない程度に飲むなら構わないんじゃないの?」ガイドさんは、「僕もそう思います」。この愚問のお陰で、ガイドさんと旅の間中親しくさせていただきました。017
1935年に油田発掘中に偶然発見されたエラム建築の代表作。024
紀元前13世紀中ごろエラム国の王さまが、この地に宗教的中心地としてジッグラト(階段状ピラミット)を建設。当時は、建物の頂上部分には、エラム人の最高神を祀る寺院があったようです。今は3分の1程の高さです。この高さでの3倍と言うことは、50メートル位の高さですから壮大な建物だったということです。それにしても「凄いもの」を作ってくれたもんですね~!019_2
これは、門です。たいしたもんです。092
炎天下を農家のおばさんスタイルでの見学でした。「あ~あ~ビールが飲みたい!」

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アフワズへ

思いがけずにご縁をいただいて日本旅行作家協会の40周年のお集まりに参加させていただきることになりました。日本旅行作家協会の初代の会長は斎藤茂太氏、2代目が兼高かおる氏そして現在は下重暁子氏が会長です。旅行の大好きな方達のお集まりの協会のようです。今から楽しみです。

ところで、イランから帰ってきてから丸1カ月も過ぎてしまいました。の写真の整理をやっと始めました。今日から気合を入れてイランの旅日記を書きます。
10月11日21時テヘランからアフワズに向かいました。搭乗時間は、1時間15分でした。アフワズは、イラン有数の産油地帯で、近郊にはアーサーデガーンの油田があります。イラクとの国境が近いためにイラン・イラク戦争では激戦区となり町は大きな打撃を受けました。
町の中心には、カールーン川が流れていて、とても長閑な風景です。002
「なんで、あんな危ないイランなんかに行くの?」「シリアみたいに行けなくなってしまうから、行くのは今でしょう!」001
落ち着いた町で、拍子ぬけでした。「どこが危ないのよう~!」168
おまわりさんものんびりしています。171
町には、客待ちのタクシーが、たむろしています。運転手さん達ものんびりをお喋りしています。176
南北に流れるカールーン川にかかるアーチの橋が、町を東西につないでいます。169
ホテルの近くの素朴な穏やかな風景です。
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泊ったホテルの私の部屋からも、カールーン川が見えました。008_2
ホテルのフロントにはイラン美人が。
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厚かましく、「写真撮らせてください!」、見て下さい!この微笑!なんて素敵なんでしょう!

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本間家

映画村散策の後は、さかた魚市場で、行列をして魚定食をいただきました。行列をしただけのことはありました。「安くて美味しいん」です。

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庄内平野の風景を楽しみながら酒田市へと向かいました。098

刈りいれの終わった田んぼには、白鳥が餌(残米?)をもくもくと啄んでいました。「青い空に白い雲と白鳥」ここで一句と、いきたいのですが、、、、な~んも浮かんできません!
「白鳥や、ああ白鳥や、白鳥や」(ああ情けない!)
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豪商の面影残す「本間家の旧本邸」の薬医門と松です。本間家は、初代久四郎原光が1689年に「新潟屋」を開業、十代を数える名門です。
本間家旧本邸は、三代目の光丘氏が幕府巡見使一行の本陣宿として明治5年に新築して、荘藩主酒井家に献上し、その後に拝領したお屋敷です。111
拝観料を支払って中に入って先ず目にはいったのは、立派な金庫です。この金庫のなかにはお金がザクザク入っていたんでしょうかね~!今の時代に、三代目といわれると、なんとなく、できの悪いおぼっちゃまで、稼業をつぶしてしまうような云われ方をしていますが、本間家の三代目はそうではなかったんです。千石船による商いを始める一方で、儲けたお金で農業振興のため土地改良・水利事業を行なったんだそうで す。さらの永年にわたる風害軽減のため砂防林の植林にも心血を注いだのだそうです。
この金庫のなかのお金は社会貢献のために使われたのですかね~!まさにあの「ビルゲイツ」のような人だったんでしょうか!
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白壁と、松の緑と、?の木の紅葉がよく映える町並みです。113
本間邸の前には、道路を挟んで立派な本間のお店(おたな)があります。
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お店では、お土産ものが売られています。

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デンデラ

すっかり寒くなってきました。庄内平野にも雪が降ったようです。11月始めに行った映画村のデンデラゾーンのことを思い出しています。「旅を思い出すことは、人生を2度楽しむこと(メンデルスゾーン)」(同じゾーンでもゾーン違いです)。

デンデラの映画は、「姥捨て山の話」です。監督は、今村昌平氏の息子さんです。今村昌平監督の代表作「楢山節考」(1983年)の後日談のようで、父から息子へバトンを渡したような映画です。
中年になった息子が、70歳に達した老いた母を、雪が降り積もる山深い奥山の誰もいないところに置き去りにする。70歳を過ぎれば、村の掟で冬山に捨てられる。凍える寒さに震えながら雪に埋もれて凍死するのみです。
しかし、主人公(浅丘ルリ子さん)カュは死にませんでした。助けられて連れていかれた掘立小屋には、カュより先に捨てられた死んだはずの老婆がみんな生きていていました。そこがデンデラだったのです。そのデンデラには49人の老婆が、カュが50人目の老婆となりました。彼女達は、自分達をすてた村人たちに復讐をはかろうとしていたのです。
「老婆の執念の凄さ」に圧倒される映画です。草笛光子さんが100歳のデンデラの創始者の老婆を演じています。上品な奥様役とは大違いです。70歳で捨てられてから30年、49人もの捨てられた老婆を束ねて村落を作り上げてきたその執念の迫力のある演技は見ものです。まさに、「老女優と老婆は一日にしてならず」。その映画を見ていない方は、DVDで見て下さい。浅丘ルリ子さん、赤座美代子さん、倍賞美津子さん、山本陽子さん等の大女優さん達の泥メーク、ノーメークの演技は圧巻です。庄内平野の素晴らしい雪の風景が堪能できます。もっとも、あの日本の原風景のような庄内平野が舞台だったので、70歳過ぎたお婆ちゃん達50人の姿も様になったんだと思います。
都会では、平均60歳のおばさん達が10人ぐらいいるだけで、若い人から「ばあばぁ~あっちに行け!」って言われそうです。

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庄内映画村

資料館見学の後は、庄内映画村へ。031

素晴らしい秋晴れの、米の収穫の終わった庄内平野の向こうには、米の貯蔵庫の白い建物、その先には月山が見えました。
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対向車が一台も来ない道を走ること30分。035
のどかな田園風景を楽しみました。
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映画村のなかを走るバスです。デンデラの映画の撮影中、このバスで女優の浅丘ルリ子さん、草笛光子さん、山本陽子さん、倍賞美津子さん達は、この先にある「姥捨て山エリア」まで乗せていかれたんだそうです。撮影は、真冬に行われました。下着を4,5枚ほど着こみ、体には10か所以上の使い捨てカイロを張り付けての撮影で、寒さで震えるなかを白装束で雪の上に横たわるシーンなど過酷なロケが40日余りも続いたんだそうです。
平均年齢70歳の女優さんばかりです。「女優稼業」も傍でみているほど楽じゃなさそうですね!039
いよいよ映画村に。馬車に乗っての見学です。059
農村エリアには、撮影のために作られた田んぼがありました。061_2
おしんの生家が見えました。
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このおしんの生家は、中山町から移設して映画「おしん」で使用されたそうです。
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映画のおしんは見ておりませんが、テレビのおしんは見ておりますので、昔の記憶がよみがえってました。「昔は、みんな貧しかった!あの時代に生まれなくて、ラッキー!」081
村内は、戦国大手門エリア、宿場町エリア、山間集落エリア、漁村・農村エリアに映画のオープンセットが沢山あります。
映画の主人公になったような気分になっての散策でした。帰りは、6カ月の仔馬と女優さんになった気分で、「はい!チーズ!」

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庄内映画村資料館

この日は、7時30分に温泉に行き朝ぶろに入り、温泉内の食堂にて、味噌汁、納豆、にしんの煮つけ、温泉卵、漬物、サラダ、ごはんをいただきました。「ごはんをおかずにごはん」納得でした。とにかくごはんが美味しいんです。食後にはコーヒーまでいただいて、なんと500円です。012

さぁ~!いよいよ観光に出発です。始めは、庄内映画村資料館に。旧庄内藩士が明治5年に養蚕製糸事業のために、挙藩一致で開墾した所です。013
蚕室のなかです。「おしんの室内セット」「デンデラのコーナー」「おくりびとのコーナー」「ジャンゴ室内セット」がありました。015
奥にあるスケッチに目が釘付けになってしまいました。もしかして、「浅丘ルリ子さん」!そうです。デンデラの主役をなさった浅丘さんが、日経新聞の「こころの玉手箱」の欄で、ご紹介なさっていた映画「デンデラ」でのスケッチです。
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この方が、浅丘ルリ子さんが大切になさっているスケッチをお書きになった画家の平野克己さんです。たまたま東京からいらしていたのです。ラッキーなことに、私達のほかにはお客様がいなかったので、資料館のガイドまでしていただきました。020
おばさん達に囲まれてて「はい!チーズ!」
平野克己氏のスケッチが載っている記事の一部です。「このスケッチは、画家の平野克己さんが、即興でかいたもの。豪快な筆づかいが、今回の映画に挑む私の覚悟をうまく表現していて、とても気に入っている。眺めているだけで、庄内地方の美しい風景が浮かんでくる。」
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ここには、明治の初めに建てられた蚕室や土蔵や蔵があります。027
白い障子が懐かしい!
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桜の紅葉です。
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この建物の屋根は、解体した鶴岡城の瓦で、庄内藩のかたばみの紋いりだそうです。029
庄内美人と新潟美人の私の大切な友人達です。

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保佐人

よく遊びよく働たらいてよく眠る

今年も残り少なくなってきました。月並みですが、「この前お正月だったのに、、、えっ!もう年末、、」人生の後半になってから、「あれもやりたい!これもしたい!」ますます欲深になっています。遊び呆けていますが、よく遊んでくるとよく働けます。
新しい仕事に挑戦しております。先日、家庭裁判所から「保佐人の選任の審判書」を受け取ました。すでに「成年後見人、後見監督人」の仕事は5件やっておりますが、保佐人の仕事は初めてです。
家庭裁判所に保佐人の選任申立をすると、家庭裁判所の調査官による本人面談があります。その本人面談の様子です。調査官「はじめまして、私は霞が関にある家庭裁判所の調査官の△△です。よろしくお願いいたします。今日は、○○さんが、あべさんに保佐人になってほしいとのことで、調査にきました。私の隣にいるあべさんと○○さんはどのようなご関係ですか?」○○さん「死んだかみさんのなかよしの友達だ!」じぇ、じぇ、じぇ!
△△調査官「あべさん!あべさんは何をする人か、保佐人とはどうゆう人か、○○さんに説明してください。」「えっえっ!?!?わたしになにができますかね~!」(答えになっていません。)
△△調査官「あべさん!司法書士の資格あるんですよね!」「一応あります。でも、43年前にいただいた資格なので、黴がはえています」。「研修は受けていますか?」「はい!研修は大好きなので、研修会場には行っています」(答えになっていません)
△△調査官「あべさん!どういう経緯で、○○さんの保佐人の申立てをしたんですか?」「はい!台東区社会福祉協議会からの要請です」。「おひとり暮らしの方がいます。万が一ご病気になられたときに病院の入院手続きや、医療費の支払いのために保佐人になって下さい」ということでした。「とりあえず会ってからにしましょう!相手には選ぶ権利がありますから、もっと若い人がいい!とおしゃるかもしれませんから」ということで、○○さん宅に伺いました。○○さんが「あべさんでええ!」ということになりましたので、その後、申立て書を作成するために何度も伺い、申立て書を作成して、家庭裁判所に提出しました。(やっと、答えらしくなってきました)
私「△△さん!申立て書、もっと簡単な書式にしてください!添付書面が多すぎます!」(あっ!やばい!調子に乗って余分なことをゆうてしまった!)まさに「いわずもがな」でした。
△△調査官は話題を変えて、○○さんにいろいろ質問をしておりました。
△△調査官「本日は、これで終了いたします」私「保佐人にはむいていませんね!申立て書取下げですかね~?」
△△調査官「あべ先生が、○○さんの保佐人にならなくて誰がなるんですか?先生!頑張って仕事してください」私「老体にむちうってがんばりま~す!」ということで、この夜はよく眠れました。

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庄内平野

主待つ庄内柿と我同じ

11月1日から4日まで庄内平野に行ってきました。帰ってきてから2週間位経つと柿のように記憶が熟してきて、描きとめておきたくなりました。イランの旅の日記も書きたいのですが、、、、遊ぶのに忙しくて時間がとれません。162
なぜ、突然に山形に行くことになったか?と言いますと、10月の初めに事務所の近くにある沖縄料理店での女3人の飲み会での席でのことでした。「山形に素敵な女性がいて、彼女に会いに山形に行くんだけけれど、あべちゃん、一緒に行かない?」、「うん、行く!」ということだったからです。それにしても我ながらこの乗りのよさに感心しています。ということで、11月1日夜8時25分成田発の飛行機に搭乗。搭乗前に購入した週刊誌も読み切らないうちに庄内空港に9時?分に離陸。件の庄内美人の素敵な女性が空港までお迎えにきてくれていました。品川ナンバーの彼女の車で彼女のお家に。お泊りさせていただきました。翌朝は、いつもの通り5時半に起床、早速に朝の散歩です。008_2
泊めていただいたお家の2軒どなりの神社です。
002 「おはようございます!」
庄内平野の日の出です。003_2
ここにも神社がありました。006_2
その先にも神社がありました。神社のはしごです。神様が村中にいます。152
神社の近くにはこんなお家がありました。151
ここにも、帰らぬ主をひたすら待っている柿が実っていました。柿はどんな思いでいるのでしょうか?私と同じ思いでしょうかね~!
渋柿も帰らぬ人を待っている。

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司法書士と倫理

昨日は、朝の10時45分から午後の5時25分まで、立教大学池袋チャンパスにて「司法書士と倫理」をテーマの義務研修を受けてきました。この研修は、司法書士が、その社会的使命を果たすための司法書士倫理の保持を目的として、登録後一定年次毎の対象者について実地している義務研修です。

紅葉のつたのカラマルチャペルを、、、ペギー葉山さんのあの唄のメレドーをハミングしながら会場となっている11号館に向かいました。なんと一番のりです。どうやら時間を間違えてしまったようで、1時間も前に到着してしまいました。誰もいない教室にはいると、懐かしい階段教室です。
昔々その昔、誰もいない階段教室に取り残されたことを思い出しました。あの時は、時間を間違えて、試験が終わってしまって皆が帰ったあとの教室でした。あの時に比べれば、成長したもんです。皆が来る前にきているんですから、、、、
いよいよ研修が始まりました。「司法書士の懲戒・注意勧告」の演題で、九州大学院法学研究院教授で弁護士の七戸克彦先生の基調講演です。約1センチのレジメ・事例集には、びっしりと懲戒事例が。
九州から飛行機で駆けつけての講演です。この陰気臭い内容の話を吉本興業のお笑い芸人さん顔負けの喋りで、「いねむり」を忘れていました。ついでに話の内容も忘れてしまいましたが、このところだけは、しっかりと覚えています。
「懲戒・注意勧告を受けやすい人間の属性」その1、友達がいない。その2、性格が雑、その3、気が弱い。さて、私はどうでしょう!その1、少々の友達はいる。その2、性格はめちゃくちゃ雑、その3、気は強い。開業して40年、今まで「懲戒・注意勧告」を免れたのは、ただ単に「運がよかったから」だったことを再確認いたしました。
お昼ご飯を食べてからは、13人ずつ22のグループに分かれてのグループディスカッションです。具体的事例についての討論です。私のグループは13人中60歳過ぎが私を入れて3人、残りは20代、30代です。初めて会う会員ばかりでしたので、始めは、重たい雰囲気でしたが、私の向かいに座っていた青年が、リーダー役になってくれました。そのお陰で課題が次から次へと進んで、あっという間に終わりました。
今どきの若者は、たいしたもんです。帰り途、その若者に「ありがとう!あなたのお陰で楽しい研修でした。ところで、おいくつ?」、「33歳です」。「あら!うちの息子と同じ!」たまには、若い人と学ぶのも楽しいもんです。

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民法改正

11月9日(土曜日)は、中央大学駿河台記念館330号室にて行われた「民法改正(債券関係)」の研修会に参加してきました。弁護士で中央大学法科大学院でも教鞭をとられている片岡義弘先生の講義です。題して「民法(債権関係)改正における実務上の問題点~企業法務の関仕事を中心に」です。

久しぶりの研修でしたので、老眼鏡と六法持参でお茶の水に出かけました。なんだか?十年前に戻ったような懐かしい思いで、大学の跡地に作られた会場に入ると、私と同じような年齢の元学生の老男女が沢山おりました。「研修会行ってみれば老人会」でした。
折角ですので、いただいてきた資料の抜粋を書いておきます。
1、改正の対象は、「債権関係の規定」について、「契約に関する規定を中心に」
2、見直しの観点(改正の必要性)
  ①社会・経済の変化への対応
  ②国民に分かりやすい
    ・判例法理の明文化
    ・ルールの明確化
その他、山のような資料をいただいてきました。机の上にしばらくは並べて飾っておくことにします。

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仁王像のモデルになった元横綱

仁王像の引っ越しも終わり、寿町の建物も取り壊されることになりました。建築家の兄が設計、監理して建ててくれたビルです。兄に対して申し訳ない思いで一杯でしたが、、、相田みつお氏の「捨てる勇気」の詩のお陰で、なんとか前を向いて進むことができました。

引っ越しの書類のなかにこんな記事がでてきました。
横浜鶴見区の総持寺には、北の湖をモデルとして作られた仁王像がある。もともとは外敵から仏像を守る目的で作られ、別名「金剛力士像」とも呼ばれるだけに、当時大横綱と謳われた北の湖がその任にあたるのは至極当然の成り行きと言えた。ところが、この仁王像は北の湖が横綱に昇進する以前に作られたというから驚きだ。仁王像の制作を依頼された彫塑家(阿部正基)が、モデルになりそうな力士を探すために訪れた稽古場で偶然見染めたのが、当時15歳だった北の湖だったのである。稽古に臨む気迫はもちろん、顔といい、体つきといい力士の見本のような北の湖少年は、仁王像のイメージにぴったりだったというわけだ。
後年、その少年が大関、横綱に昇進したことを聞かされた阿部正基氏は驚きの声をあげた。日の出の勢いで躍進を続ける北の湖とあのときの少年力士が同一人物だとは知らなかったからだ。15歳ながらキラリと光る輝きを見せた北の湖とその輝きを見逃さなかった芸術家の眼力。誰も予想しえなかった少年の未来は、仁王像の完成により具現化されていたと言えるだろう。
段ボール箱に一杯の写真や資料があります。駒澤のアトリエで楽しみながら整理することにします。もし、「作品を見てみたい!」という好奇心の旺盛な方がいらっしゃいましたら、ご連絡下さい。お待ちしております。

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仁王像

001 やっと、台東区寿町にあった阿部正基ギャラリーから仁王像が引っ越してきました。兄が設計して2003年に建てた天井の高い打ちぱなしのコンクリートの建物から、マンションの小さな狭い天井の低い部屋へ。こんなに狭いところに閉じ込められてしまって、お気の毒さまです。因みに、この仁王像は、鶴見の総持寺の山門にあるあの大きな仁王像の原型です。005

他の作品も気の毒に隣合わせで、あの3・11の時の避難所のようです。004

取り合えず、作品を並べました。002_2

さて、これからこ作品達と一緒にこの狭い空間で、なにか楽しいことができたらいいな~!と思っています。010

壁には、絵とか書とか写真とか、飾れたら、いいですよね~!ここで、どなたかミニ個展をやりませんか?011

ミニキッチンをつけました。まずは、ここで女子会をやりますかね~!ニトリに行って安いテーブルと椅子を買ってきます。

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アヤちゃん

スペインのグラナダから8カ月のアヤちゃんが、97歳のひいおじいちゃんに会いに日本人のおじいちゃんの古里にいった帰りに我が家に寄ってくれました。015

まったく、人見知りしません!

「オラッ!」とあいさつするとニコッと笑ってくれます。キゥピーさんのようです。009_2
アヤちゃんのおじいちゃんは、日本人、おばあちゃんがスペイン人です。おとうさんはハーフです。日本語とスペイン語と英語が堪能な建築家です。016
アヤちゃんのおかあさんは、スペイン人で歯医者さんです。020
おじいちゃんは、日本の大学を卒業してすぐにスペインに行きそこで、アヤちゃんのおばあちゃんと結婚して女の子2人と男の子1人を育て、今はリタイヤーして優雅に主夫をしているそうです。奥様は現役で働いているそうです。グラナダの町全体が世界遺産となっているアルバイシンの築400年の家を購入して住んでいます。笑顔のとても素敵なおじいちゃんです。娘の正恵がグラナダで大変お世話になっているご夫妻の友人で、小日向の家には、1週間留まっていただきました。018_2
偶然ですが、おじいちゃんと私は同じ齢だったんです。「孫は目のなかに入れても痛くないほど可愛い」といわれています。「昔の人は実にうまいことをいったもんですね~!」と、お互いの孫自慢をしてしまいました。022_4
ハーフのおとうさんは、原宿でアヤちゃんのために買った着物を自慢していました。

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