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2013年9月

薪能その2

妻の枕辺に清経の亡霊が。

大きな松(生松)を背景に、この日のために設置された能舞台では、「平の重盛の三男の清経邸で、ひっそりと暮らしている妻のもとに、夫の自殺を知らせる使いがやってきて、形見の品として清経の遺髪を届ます。なぜか、妻はその遺髪を受け取らず返してしまいます。」第1話の始まりです。
その夜泣き伏してまどろんだ妻の枕辺に清経の亡霊が現れました。亡霊の清経さまを演じておられるお方は、私が習っている謡のイケメン先生のお父様の梅若流のお家元なのです。
この日は、いつも女子会のメンバープラス7名、総勢15名で前の方の良いお席で、亡霊の清経さまを拝見いたしました。040
第2話です。
妻は、自分だけ残して自死した夫を責めます。夫は、遺髪を返えしてしまった妻を恨みなじります。
第3話です。
清経が、なぜ入水に至ったかを物語ります。苦しみの続く現世より極楽往生を願って入水、が、しかし、、、死後に落ちた修羅道でも、この現世と同じ戦乱の苦しみが待ち受けていました。「入水の際にとなえた念仏の功徳で往生できた。」と、語って清経は消えていきます。
お家元がとにかく素敵なんです。気品があって、声に艶があって、、、、こんなに素敵な亡霊だったら毎晩夢枕にでてきてほしいものです。

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増上寺の薪能その1

燃える秋増上寺にて薪能

9月28日、増上寺にて薪能を観賞してきました。土曜日は10時30分から浦和にて成年後見人の研修を15時まで受けてから、電車を乗り継いで港区の増上寺へ。003
増上寺の山門には、大きく薪能の看板が。9月最後の土曜日なので、大勢の人達がおりました。
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「秋の空とおんな心」状態です。先程まではお日様がでていたのに、お日様が雲隠れしてしまいました。
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受付近くには、きものを上手に着られている素敵なカップルが。022
夜の帳が落ちる頃、いよいよ始まりました。036

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小日向の庭

小日向の庭に実りしざくろかな555

素晴らしいザクロが実りました。ついでに、553
ゴーヤも成りました。552
豊作です。毎朝5本ゴーヤが収穫できます。ご近所にお裾わけしています。551
小日向の庭の招き猫です。この猫のお陰で、今年は豊作です。

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月の夜のディナー

名月やああ名月や名月や

3番目の孫が生まれました。3400キログラムの男の子です。母子ともども元気です。早速に、嫁に「元気な男の子を生んでくれてありがとう!」のメッセージカードを聖路加の産院クリニックに届けてきました。
9月18日は、ホテルオークラの前にあるノブ東京で行われた食事会に参加してきました。題して「勝沼醸造と松久信幸のコラボレーションデナー」、勝沼産のワインと、創作料理を素敵な私の友人達と、「飲んで、食べて、お喋りして、笑って」の楽しい月の夜のディナーでした。20130921_23_14_09
右端の男性が、勝沼の大賀さん、真ん中の男性が松久さんです。お二人とも成熟した紳士でした。お料理もワインもとても美味しくいただきました。ご馳走様でした。20130921_23_13_24
フォグラテリーヌと干しブドウのモナカサンドです。20130921_23_15_18
煮貝とオマール海老のハーブサラダ スパイシーレモンドレッシングでいただきました。
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太刀魚と山梨産きのこの紙包み焼きです。
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お寿司です。お寿司はもちろん美味しいかったのですが、右側のしょうがの漬物が最高に美味しくて、特別にお代りをお願いしてしまいました。20130922_10_24_54
マツタケのお吸い物のです。特別に「ノブ」のマークが焼き付けられている湯葉が入っています。この湯葉は、比叡山延暦寺御用達の株式会社比叡ゆば本舗ゆば八の代表取締役の八木幸子さん(一番上の集合写真の私の左隣に座っている女性です。)がこの日のために作ってお持ちいただいたものです。
彼女は、女子会のメンバーの桜田秀美ちゃん(上の写真の右側のピンクのジャケットの女性)の友人で、今回の女子会に加わっていただきました。比叡山つながりのご縁です。秀美ちゃんは、比叡山のケーブルカー「縁、福」の車両をデザインしました。比叡山に行かれる時は、ケーブルカーに乗って、ゆば八の美味しい湯葉を食べて下さい。美味しいですよ!
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見てください!デザートです。湯葉の上に金粉です。美味しいものを美味しくいただけることにこころから感謝です。

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雨がやんだら

雨がやんだらお別れなのね!068

?ルピーをあげた女の子が、アイスクリームを買って2階に上がってきました。070
「ティクチャ、ピクチャー!」069
「シュァー!」、「ウイルユー、、、、この子も日本に連れてかえろうかしら」
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雨がやみました。さぁ~!逞しい女の子達ともお別れです。ところがところが、一番小さな女お子が私を追いかけてきました。「ワッツユアネイム!」、「アサコ!」003
小さな女の子が、裸足で歩きながらこのブレスレットを、バスに乗る寸前に、私の手に。
また、ひとつ宝物が増えました。

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デリーのスコール

泣く子と地頭には勝てぬ。まさに、捨て身の女の子には勝てませんでした。苦笑いするしかのうがありませんでした。

突然、空が曇ってきました。雷と稲妻が。スコールです。065建物を殴りつけるような降り方です。064

建物の2階に避難しました。風と雨と、ひたすら待ちました、雨がやんでくれるのを。

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少し雨脚が弱くなりました。

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カサやさんのカサはほとんど売れてません、このスコールにはカサは役に立たないようです。

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じぇ、じぇ、じぇ!このスコールをスケッチしている人がいました。「画の書ける人は羨ましい~!」私は「画も書も書けません、かけるのは恥だけです」。

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デリーの女の子達

負けない女の子達061

この女の子の逞しさに負けてしまいました。やってはいけないことをしてしまいました。お金をあげてしまったんです。それを見ていた近くにいた女の子達が、やってきました。「ギブミー、、、、」、059
孫のソフィアと同じ位の歳の女の子達です。
060
二人で話しています。「ね~!あの日本人のおばあさんにこのブレスレットを売りつけようよ!」062
「にらめっこしましよ!笑うと負けよ、あっぷっぷ!」、「日本のおばあさんはこの程度じゃ負けないよ!」055
「ちょっと、たんま!エネルギー補給してから仕切り直し」
おばあさんは、がんばりました!056
「ね~!お願いだから買って!057
「まだまだ、この程度では買えません」
053_2
「ぷっぷっ、負けました!」
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「見て下さい!このおすまし顔、」日本に連れて帰りたくなってしまいました。

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貧しさ

貧しさに負けた!いいえ世間の負けた!(昭和かれすすき)

速いもので、インドから帰ってきてから1カ月が過ぎてしまいました。8月はお稽古ごとは全て夏休み。9月から再開いたしました。着物の着付け、帯が結べません、お謡、声が出ません!生け花、ススキとトルコ桔梗と格闘!

有難いことに、ススキのお陰で、「貧しさに負けた!いいえ世間に負けた」のメローデーがでてきて、歌えたんです!1ヵ月前のことは忘れてしまったんですが、昔のことは覚えていたんです。

忘れないうちにデリーのことを思い出して書きます。デリーの町中には貧しい人達がおりました。貧しさとは、「今晩食べるものがない」ことです。作家の曽野綾子さんが、あるご本にお書きになっておりました。アフリカやインドには、「今晩食べるものがない」人達がいるんです。日本では、貧しい貧しいといっても「今晩食べるものがない」人はいないでしょう。「貧しさに負ける」人はいないんです。日本人は世間様に負けてしまうんです。突然ですが、藤圭子さんが自殺しました。彼女は何に負けたんでしょうね~?045

デリーで見かけた子供達は「逞しい」。048
裸足の女の子です。お兄さん達を相手に商売しています。036
この真剣な顔の少女達の目をみてください!063
「ね~お願い、買ってよ~!」女の子を武器にしています。

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デリー市内

標高3500メートルのラダックからデリーに帰ってきました。成田に帰国する予定の便は前日に飛び立ってしまっています。さて、帰りのチケットは購入できるのでしょうか?「ビジネスクラスならば購入できる。」とのことでした、が、お値段は15万円位、一瞬、「どうしようかな!」、迷いました。もう一泊して、エコノミーで帰れば、5万円位、即座に、「10万円節約 」決定です。017早速、デリーの町の観光に出かけました。道路を歩いている牛です。牛も人も痩せています。016

女の子が、「ギブミー、、、、」029

見てはいけないものを見てしまったような、切ない思いです。030

10年前にインドにきた時と同じ風景です。028

若者達がたむろしています。暑いので仕事ができないのでしょう~!気温32度湿度?度、クーラーの効いているバスから降りて外にでると、あっというまにメガネのレンズが曇ってしまいます。とにかく暑い。110

クルマの間から裸足の子供が、「ギブミー、、、、」また切なくなりました。

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デリーにその2

8月17日朝早く、レーの空港に行きました。デリーからのお迎えの飛行機が予定どおりにきてくれて、搭乗できました。機内の隣の席には、005

こんなに可愛い女の子が!「オラ!ムイーワパ!」思わずスペイン語が。7月はスペインのグラナダで孫娘と一緒に過ごしていましたので、、、、このての顔を見ると、「もしかして、スペイン人?」と思ってしまいます。スペインではなくてオーストリアの人でした。彼女は5歳、お兄ちゃんは8歳で、お父さんとお母さんと4人で、ラダックにバカンスできたのだそうです。ヨーロッパの人達は、通常夏休みは1カ月あるので、家族で長期の旅行をすることが多いそうです。
いつの日か、日本人も「長期の夏休み」が取れますように!機内の窓から見えたヒマラヤの山の神々にお願いしました。

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レーでの食事

悪天候のお陰でレーにも1泊することになり、レーでの食事をまたいただくことができました。084

インドには、ベジタリアン(菜食主義者)の人が多いので、野菜が豊富です。私は旅にでたら、生野菜は一切食べません。基本的に火が通ったものをいただきます。ゆで野菜にお塩をかけていただきました。093
最後の夜ということで、インドで最も呑まれてるキングフィシャービールをいただきました。まめカレーとカレー味のお野菜と、ナンです。スープももちろんカレー味です。デザートはバナナです。私は、旅にでるとくだものはバナナしか食べません。理由は、水です。水が合わないとたいへんなことになるからです。日本に帰ってくる度に「日本の水」の有難さを痛感いたします。水道の蛇口からでてくる水で、直接口が漱げるなんて、すごいことです。
60歳過ぎても次ぎから次ぎへと、トイレ事情の悪い地域に出かけられるのは、私なりに食べるものに気をつけているからかもしれません。が、それ以上に、健康に生んでくれた両親のお陰です。184
食事の後は、この旅で親しくなった○○さんと△△さんとチベット難民のテント店を覗きに行きました。○○さんと△△さんとは同じ60代ということで、帰ってきてからもメールや電話でお付き合いいただいています。多分来年あたりどこかの旅でお会いすることでしょう!

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建設ラッシュ

延泊のお陰で、チベットの学校見学ができました。見学の後は、建設ラッシュの村を通ってホテルに戻りました。179

ごろごろと転がっている石をどかして、建物が建てられています。182
高級住宅なんでしょうね~!?180
この村は標高3500メートルです。荒涼とした山並みに囲まれています。

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チベットの保育園その2

ラダックにあるこの施設は、亡命してきたチベット人の孤児や貧困な子供達を世話して、教育するために設立されたのだそうです。と、いうことは、あの可愛らしい子供達のなかには、孤児もいるということなんです。あの熟睡してしまった男の子が、孤児だったら、、、、一瞬!060 「あの子を日本に連れて帰る ことは、できないだろうか?」今の私の体力だったら、この子をおんぶして連れて帰れる!?!?062_2

この子が私に向かって、「僕もいるよ!」一人も二人も一緒だから、この子も日本に連れていこうか!?」 頭がくらくらしてきました。深呼吸して外に出てきました。
178
外には、こんなに可愛い女の子が、「女の子もいいな~!」待てよ!日本に連れてきたら「不幸」になっちゃうかもしれない? この子達はここにいるからこんなにいい顔しているんです。

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チベット村の保育園

中学校の次ぎは保育園の見学です。可愛らしいお花が出迎えてくれました。033

いましたいました可愛らしい子供達が。035
真ん中の丸坊主の男の子に目が釘ずけになってしまいました。なんと、私の長男の小さい時にそっくりなんです。私の子供達3人も保育園育ちです。30年前を思い出してしまいました。親ばかですが、保育園に行っている頃は、ほんとうに可愛かったんです。041
「あれ~!どうしたのかな?」042
「あっ!寝ちゃいそう!」043_2
「やばっ!寝ちゃだめだよ!」044
「がんばって、起きてないと!」045
「あっ!あっ!あら~!」
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「もう、無理!」
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「おとなりの子も眠くなっちゃった!」
050
「こっちの子も 眠くなっちゃった!」
052_2
教室の前には、写真のダライ・ラマ14世が慈悲深い表情で微笑んでいました。
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皆で輪になってお遊戯です。一人だけ「熟睡中です」。この子に会いに、来年もまたラダックに行きたくなりました。

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チベット子供村

悪天候のお陰で、素敵な体験ができました。チョグラムサルという町にあるチベット子供村の学校を見学できることになりました。011

この学校は、1975年に建てられました。チベットからの難民の子供達のための学校です。008
1959年以降、約10万人のチベットの人々がダライ・ラマ14世を追って亡命しました。その中には、戦争、飢えで家族を失った多くの人達がおりました。ダライ・ラマ14世が、孤児や貧しい子供達のために、この学校を建てました。ダライ・ラマのお姉さまが校長先生を務められておりましたが、残念なことに1964年に亡くなりました。現在は、妹さんが、校長 先生をされています。021
教室には、ダライ・ラマ14世の写真が掲げられています。
071
ラッキーなことに、この日だけのガイドさんが、この学校の出身ということで、特別に教室のなかも見学させていただきました。016
中学生の英語の授業です。女の子達が前の席を陣取っています。018
後ろの席は、男の子たちばかりです。ここでも、日本と同じで、女の子達の方が、積極的です。将来ここで学んだ子供達が、チベットの人達を救ってくれることをこころから念じました。

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デリーに

8月16日朝4時起床、5時30分にホテル発、5時55分レーの空港着、待つこと?時間。デリーからのお迎えの飛行機が、デリーが悪天候のためにお迎えにきてくれませんでした。そうです。レーにもう一泊することになりました。私にとっては、この出来事は想定内でした。087

全てのフライトがキャンセルになり、全員空港から退場です。086
レーの空港前です。軍人さんと軍のジープと一般の車が、三々五々と集まってきました。089
延泊したホテルはレーの町のど真ん中にありました。088
目の前にレー宮殿です。090
ホテルの入り口の道路を挟んだ前は日干しレンガのお家が取り壊し中でした。多分ここにはホテルが建てられるのでしょう!

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ラダックの民族舞踊

いよいよラダックの旅も終りです。最終日は、ラダックの民族舞踊の観賞です。お天気であれば、ホテルのお庭での観賞なのですが、生憎の雨で、ホテルのレストランでの観賞会となってしまいました。105

民族衣装のおじさん達のオーケストラです。118
超美人が素晴らしい豪華な民族衣装で踊ってくれました。114
頭につけている帯のようなものは、トルコ石でできていて、代々女の子が母親、その母親の母親から受け継いでいるものだそうです。万が一その家に女の子ができなかった時は僧院に寄進するのだそうです。全てトルコ石でできていますから、お値段にすると、めんたまがとびでるぐらいだそうです。124
ホークダンスのようなダンスです。ラダックの踊りの男性は、みなさん意外と小柄でした。なんだか海外に出て小柄な男性をみると「ほっと」します。107
次から次へと民族衣装の早変わりです。131
お疲れ様でした。素晴らしい民族衣装と民族舞踊でした。

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チベットマーケット

1950年(私が生まれた年)に中華人民共和国の人民解放軍はチベットを制圧、全域を自国に併合しました。1959年にダライ・ラマ14世がインドに亡命してチベット亡命政府をダラムサラに樹立。チベットの人達は、人民解放軍の弾圧から逃れて山越えをしてインドにやってきました。ラダックは、ダラムサラ、南インドについで3番目にチベットからの難民が多い地域です。055

チベット難民のマーケットです。

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テントのなかでは、沢山のネックレス、ブレスレット、キーホルダーがところ狭しと並んでいました。053
こちらは仏具用品です。057
絵画も売られていました。祖国を追われて異国の地にきて生活を営んでいる人達の、「逞しさ」を感じました。そして、このような環境にいることが、彼らの信仰心を育むのでは、、、と思いました。

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レー王宮

ホテルの部屋から見えた、岩山の斜面に建っているレー王宮の見学です。178

ホテルの部屋からです。目の前の左側の木の間の白い仏塔の上にちょこっと見えます。176
16世紀に建てられたこの王宮は、ラサのポタラ宮のモデルになったと云われています。
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中庭から見えたレーの市内です。私が宿泊したホテルは、左側に見えました。

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きっと、うまくいく

僧院めぐりの後は、インド映画「きっと、うまくいく」の舞台の一部となった学校見学でした。125

この映画は、北インドの映画のメッカのムンバイ(旧ボンベイ)で製作される「ポリウッド映画」(ハリウッド映画をもじっているのかな!?)。ハリウッド顔負けの製作費を投じての海外ロケとアクション、そして社会派テーマと普遍的なメッセージを織り込んでいる映画なんだそうです。127
映画の主人公が映画のなかで造った学校です。映画での話です。インドの超有名大学をダントツの成績で卒業した男性が大発明家になり膨大な特許収入でこの学校を作って、校長先生になったというストリーです。128
生憎、下校時間を過ぎてしまっていました。でも、残っていた生徒達に声をかけて、「ハイ、チーズ」130
 お恥ずかしい話です。この学校に連れてこられた時は、何故、こんなところに連れてこられたの!?でした。あのスピルバーグが3回も観たインド映画歴代1位の世界大ヒット作の映画の舞台なんて知らずにいたんです。131
ここは寄宿舎です。この学校は、ヘミス僧院の座主のドゥクチェン・リンポチエによって2001年に創設された学校です。学校の運営は全て寄付金によって賄われているそうです。
インドから帰ってきて、早速に新宿の映画館に見に行ってきました。「笑えて、泣けて、考えさせられた」映画でした。
今朝、グラナダにいる娘から電話がありました。「ママ!大変なことが起きて、どうしていいか、、、いろいろなことを考えてしまって眠れない!」、「生きていると、たまにには、心配ごとで眠れない夜もあるものよ!」、「ママのもあった!」、「あったわよ!」、「どうして、次から次へと、大変なことが起きてしまんだろう?」、「生きているからよ!」、「何が起きても大丈夫、きっと、うまくいく」。
ラダックで学んできました。なにが起きても「きっと、うまくいく」。

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少年僧

大変に恥ずかしいことですが、旅に出るようになってから、「ものを知らない私」と出会ってしまいました。「知らないことがこんなにある~」。

突然ですが、還暦(60歳)には、何故赤いちゃんちゃんこを着るのか?「赤ちゃん」になるからだそうです。ということは、60歳で、あかちゃんになったので、63歳の私は3歳のこどもなんです。
そういえば、今年の12月に3歳になる孫は、「これな~に?、どうして?」と聞いてきます。旅にでると、私は孫と同じ3歳です。088 見るもの聞くもの初めてのものばかりです。この日は、僧院の台所を見せてもらいました。少年僧が2人で働いています。026
ほれぼれするような顔立ちの少年僧です。多分この少年たちはものごごろついたときから親元を離れて僧院で生活しているのでしょう!彼らのお母さん達は、どのような想いでこの子たちを見守っているのでしょうか?005
ここシャンカール僧院では、僧侶がペンキ塗りをしていました。017
台所で働いていた少年僧です。爽やかな澄んだ目をしています。012
この目を見て下さい!穏やかな目です。018
この少年の追っかけをしてしまいました。013_2
最後はこの笑顔で見送ってくれました。この少年僧が青年僧になるころにまたこの僧院を訪ねたいものです。019少年僧が僧院から眺めていた村の風景です。025
お参りを終え、コスモスとひまわりに見送られて村に帰る地元のおばあちゃんです。ゆったりとした足取りです。087
見送る犬もゆったりしています。日本にいるとこの「まったり」をついつい忘れてしまうようです。

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行って、見て、出あって

行って、見て、出あって、感じて

先日、久しぶりにお会いした方から兼高かおる氏が平成22年に出版されたご本を、お借りしてきました。
80過ぎても「世界の旅」を継続中ですのよ!旅は女の人生を輝かせる。人生3分割「学んで、尽くして、あとは自由に」帯のタイトルです。
彼女は1928年生まれの御年85歳です。まだ旅を続けるそうです。私は60歳過ぎてから「世界の旅」に挑戦しました。私はまだ63歳、お陰さまで健康です。沢山の国に「行って、見て、出あって、感じて」そして、最後は「ああ~面白かった!」と言って、「地獄ではない世界」にいきたいものです。

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煩悩

指おりて煩悩の数かぞえたり

煩悩とは、仏教の教義の一つで、心身を乱し悩ませ智慧を妨げる心の働き(汚れ)のことで、「人間の苦しみの原因は、煩悩にある」とのことだそうです。俗に煩悩は108あると云われています。108もあるなんて、、、そういえば、除夜の鐘は108回衝いて煩悩を減じているのですね!071
この仏画は何を現わしているのでしょうか?076怖い顔をしています。077_2
怖い顔をしています。
閻魔さまでしょうか?
ところで、煩悩の根源はなんでしょうか?調べました。ある説では、「貪、瞋、痴」読み方は、「とん、しん、ち」です。意味は、むさぼりを求める心、怒りの心、真理に対する無知の心」です。象徴する動物が、「鶏、蛇、豚」。ラダックの僧院で数多く見た「転生輪廻図」の真ん中に書いてあったあの「鶏、蛇、豚」です。この三毒が煩悩の根源だったのでした。
因みにあの有名な経済評論家のKさんのご本に、でてくる「三毒追放」の三毒「妬む、怒る、愚痴る」は彼女の標語のようです。 まあ~いずれにしても、「妬む、怒る、愚痴る」は少なくするように心がけたいものです。怖い顔の人にはなりたくないですもんね!?!?

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輪廻転生

インドから帰ってきてから、いままで見なかったような変な夢をみます。078

周った僧院で必ず目にした「輪廻転生図」のせいかもしれません。079
右下の人が餓鬼のようです。080_2
右横は人間のようです。
チベット仏教の教えでは、すべての生きとし生けるものは輪廻転生すると考えられています。「輪廻転生」とは、一時的に肉体は滅びても、魂は滅びることなく永遠に継続する。一般の人々は、死んだら次も同じように人間に生まれ変わるとは限らない。その人がこの世で行ったことの善悪によって、「六道輪廻(神、人間、非神、地獄、餓鬼、畜生)のいずれかの世界に生まれ変わらねばならない。のだそうです。
現在、人間であっても次は、昆虫、動物、鳥などの形で生まれるかもしれないということです。ここで突然、レベルダウンします。
30年前位に「今度生まれ変わったら、一緒になろうね!」と、ある女性の大物歌手が、相手の男性に言った別れ言葉は、、、「うっそ~!?」、だって、人間ではなくて豚に生まれ変わるかもしれないのに、、、そういえば、彼女は2回離婚してイケメンの歯医者さんと再々婚しています。羨ましい限りです。(ここで三毒の妬みのこころがでてきてしまっています。くわばらくわばら。)
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ところで、また人間に生まれ変わるためにはどうしたらいいのでしようか?「悟りを開いて菩薩になると人間に生まれ変われる」。「悟り」はどうしたら開けるのでしょうか?

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シャンティ・ストゥーパ

鈍色の空にそびえる白い塔

曇り空のなか、レー郊外にあるシャンティ・ストゥーパに。037

ストゥーパとは、サンスクリット語で「仏塔」の意味です。「バコダ」とも呼ばれています。2月に行ったミャンマーでも沢山の「バコダ」がありました。もともとはブッタの遺骨(仏舎利)を納めた塔です。因みにチベットでは「チョルテン」と呼ばれています。世界中に仏塔が数えきれない位あります。そのなかにお釈迦様の遺骨が入っているとなると、、、遺骨の数は!?!?1991年、このストゥーパは、日本人僧侶の中村行明師が、ラダックの仏教とインド政府と協力して建てられました。新しくて綺麗です。日本風の優美さが感じられます。040
ここからは、緑豊かなレーの町が一望できました。
029
まさかの出会いがありました。中村行明師にお目にかかれました。僧房の行明師のお部屋にお邪魔しました。お茶とお菓子の接待を受けて、師のお話を伺いました。
旅の間中「無知の豚」状態でした。「旅の恥はかき捨て」です。私「どうしてここにいらっしゃるんですか?」、「ここで何しているんですか?」小学生でもしないような質問をしてしまいました。師は、丁寧にお答えいただきました。
お話の後は、師の作詞作曲の歌をギターを引きながら歌ってくださいました。まさに、サプライズです。032_3
「こんなところにも日本人が」です。師がお書きになったご本をいただいてきました。
先日、行明師からメールをいただいました。「10月には宗教者会議のために日本に一時帰国いたします」。私は、「日本にご帰国の際にはどちらかで講演会等のご予定はおありですか?もし、おありのようでしたらお知らせ下さい。」、「宗教者は、医師や、弁護士と同じように講演会はいたしません。悩み、痛みを共有するのが宗教者です」。「お言葉ですが、昨今の日本では、医師や弁護士、宗教者は講演会をやったり、テレビにも出まくっていますが、、」。インドに長いことおられると、ものの考えがインド的になられるのでしょうか?「そこが変なんだよ日本人!」と、いうことでしょうかね~!

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千手観音

ラダックの旅では、千手観音さまをのご尊顔を拝見してきました。どの観音様も奈良の唐招提寺の953本ある千手観音さまと趣が違いました。075

豪華絢爛です。正しい名前は、「千手千眼観自在菩薩」です。千の手がありその手の掌には目がついています。千の手と目はどのような人達でも漏らさず救済しようとする広大無限の慈悲の、おこころを表現しているのだそうです。182
観音さまのなかでも功徳が大きく、「餓鬼道」に迷う人々を救ってくれるそうです。
ということは、「無知の豚、貪りの鶏、怒りの蛇」に呑まれてしまって「餓鬼道」に落ち込んでしまった人もこの観音様にお願いすれば、救ってもらえるんでしょうかね~!?099
お目にかかった観音様のなかでは、この観音さまが優しそうでしたので、お願いしてきました。「煩悩を薄めて下さい!」。

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ヘミス僧院のレストラン

世界中からくる観光客のためにレストランがオープンしていました。109

お祭りのときは、このレストランは行列ができるのでしょう!多分、「行列のできるレストラン」です。110
レストランの洗い場です。働いているおねえさんに声をかけて、写真をとらせてもらいました。やさしい顔したさわやかな女性です。何処の国も女性は働きものです。111
また行ってみたいレストランです。

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ヘミス僧院

247

ヘミス僧院には、世界中から観光客が来ていました。駐車場は満杯です。249
入場料はここで僧侶に支払います。250
門番をしている犬です。なんとなく小奇麗で穏やかな雰囲気です。252
地元の人達が修復をしておりました。275
修復の作業中の女性です。笑顔が素敵です。261
下の広場で、今年の6月18日にラダック最大のツェチュ祭りがおこなわれました。チベットに密教をもたらしたグル・リンポチェの誕生日をお祝いするお祭りだそうです。3日間にわたって行われるお祭りには世界中から観光客が押し寄せるそうです。263
僧侶のガイドさんの(左)とここの僧侶です。268
厚かましく、一緒に写真を撮っていただきました。
なお、2013年のヘミス・ツェチュ祭の様子は、http://blog.livedoor.jp/saiyutravel-india/tag/
でご覧になれます。川口佳代さんがレポートしています。

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ティクセ僧院

いよいよラダック最大の僧院の見学です。17世紀にラダック全盛期の王さまのセンゲ・ナムギャルを弔うために建てられました。僧院内部には、壁画や仏像がたくさん並んでいました。114

何処の僧院に行っても、この壁画が目に付きます。「無知の豚と、怒りの蛇と、貪りの鶏」が頭からはなれません。

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僧院のなかの壁画には、「六道輪廻図」が。よく見るとリキュール僧院の輪廻図と左右対称になっています。「無知の豚」が右を向いています。地獄がなぜかぼやけていました。3年前にチベットのデブン寺に行った時に、見た「六道輪廻図」も下の地獄が消えかかっていたことを思い出しました。地獄には行きたくないからここに来た人達が手で擦って消そうとしたのかもしれませんね!?
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白い像の壁画が目に飛び込んできました。白い象といえば、マンミャーに行った時に白い像のお人形がたくさん売っていました。仏教の国では、白い象は、神様なんですね!以前、「お釈迦さまは白い象の姿になって摩耶夫人の胎内に入り、摩耶夫人がルンビニの園で無憂樹の花の枝を手で折ろうとした時に右脇のしたから生まれた。」という話を聞いたことがあります。えぇえぇ!?!?どうやってこの大きな白い象が胎内にはいったんでしょうか?赤ちゃんの象になって入っていたのかしら?
またまた頭がくらくらしてきました。インドでも白い象は神様です。だから結婚式のときにはきれいな服を着て頭に冠をのせて新郎とともに新婦のところまで行進するんだそうです。
この壁画の像の目を見て下さい!そういわれれば、「神様」のように宇宙的な観点からこの人間界を見ているようです。
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ティクセ僧院には、ラダック最大の弥勒菩薩像です。村に住む裕福な信者によって寄進されたものだそうです。

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レーのホテルから

この日からレーのホテルに3連泊です。068 眺めのよい部屋でした。

遠くに王宮が見えます。072
残念ながら、天候がいまいちでした。(写真の性能もいまいち、腕はいまいちの2乗でした。)070
ホテルの前の道路では、お土産を売っています。(ホテルの私の部屋から撮りました。)多分チベットからきた人達です。073
レーの町は、海抜3505メートル、人口は約14万7000人、周辺の村からやってきた民族の人達がたくさんいます。062
3500メートルでは、お菓子の袋がぱんぱんです。気のせいか顔も足もぱんぱんになっています。

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女子会

女子会を覗いてみれば60代

8月最後の土曜日に女子会がありました。場所は赤坂です。午後の2時から5時まででした。こんな時間に女子会用のお店があったんです。まさにアクティブシニアのためです。昔だったら考えられないですよね~!女性の寿命が延びたので飲食店が、「小金をにぎり遊び呆けているひねメス」をねらっていたところに、上手くヒットしたようです。今回も女子会の常連幹事役の○○さんのお陰でとても楽しい会になりました。○○さん!いつもありがとうございます。20130901_10_22_40
総勢11名です。見て下さい!このおばさま達の貫禄、60歳過ぎても「死ぬまで現役」を目指して遊びに(少し仕事も)励んでおります。少なくとも「孫の世話」で日が暮れるようなことはありません。なかには、嫁や娘の方から、「おかあさん!まだまだお若いからしっかりと稼いできてください!」とおだてられているおばあさんもおります。
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この日は、11名のうち2名のお誕生日のお祝い会も兼ねていました。聞くところによるとこの店の支配人は「接客の名人」だそうです。(近所のお店のおねえさんから聞きました。)
素晴らしい演出でした。お料理もワインも美味しくて、流石「赤坂」です。024
ドイツから一時帰国している△ちゃんのデザートです。023
50代最後のお誕生日の□ちゃんのデザートです。025
最後にサプライズの桃のおまんじゅうです。このなかに、一口サイズの桃のおまんじゅうが11個仲良く入っていました。中国ではお祝いのときには、桃のおまんじゅうをいただくそうです。
「ワイワイがやがや」あっと言う間の3時間でした。このところ、トイレ事情のよくない国への流浪の旅が多かったお陰で、久しぶりに豪華な空間を堪能しました。やっぱり「日本は素晴らしい」。044
店をでると、そこには稲穂が。037
これぞ、「日本のこころ」です。行く夏を惜しんで実のる稲穂かな。

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僧院の修行僧

僧院では小さな修行僧がおりました。045

ガイドさんが僧侶でしたので、特別に朝の業に参加させていただきました。048
この男の子カメラを向けると、睨みかえされてしまいました。5歳位でしょうか?厳しい顔をしています。睨みかえされてもめげずに写真をとりました。049
少し目線が穏やかになりました。ほれぼれするような男の顔です。056
右にいた修業僧は孫娘と同じ位の年齢の男の子です。分厚い本を持っています。057
望遠レンズで、アップしてとりました。賢そうな男の子です。
私の2人の年子の男の子たちも小さい時は、丸坊主でしたので、彼らの小さい時を思い出してしまいました。あの時は可愛かったのに、、いつのまにかおじさんになっちゃいました。065
どの少年もしっかりとした顔立ちです。チベット仏教では、明快な論理による哲学的思考が重要視されているそうです。そこで、僧侶たちは僧侶同士の問答を通じて仏教哲学を勉強するんだそうです。実に賢そうな子供達です。

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リキール・ゴンパその4

僧院に入ると、正面に向かって五体投地しているお祈りしている女性が2人おりました。147_2

肖像写真が入り口正面の椅子の上に額に入って飾ってありました。

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そうです、「ダライ・ラマ14世」です。チベット仏教のご本尊は観世音菩薩です。「菩薩さま」はチベット仏教の中心的な存在で悟りをもとめて修業中なのですが、利他のこころで人々を救済してくれる慈悲深い神様とされているそうです。入り口で五体投地で拝んでいるのは「ダライ・ラマの写真」だったのです。ここで、納得しました。ダライ。ラマは、観音菩薩(千手千眼観音)の化身だから、チベットの人達にとっては神様なんです。154

慈愛にあふれたお顔です。149

知性あふれた顔立ちです。彼女達はここになにを「祈り」にきているのでしょうか?

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