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2013年7月

ウイグルの民族舞踊

夕食のあとは、ウイグル族の民族舞踊の観賞です。128

目に鮮やかな色の衣装で、きれいなお姉さんと、堀内孝雄風の若者が踊ってくれました。
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こぼれるような笑顔と、吸いついてしまいそうな肌に「うっとり!」私が男だったら、、、「抱きしめた~い!」080
「一緒の踊りましょう~!」と□さん(お堅い職業らしい)に、彼は臆することなく、踊りに参加!堂々と舞姫のお相手を、さすが、「日本男子」。小耳に挟んだ話ですが、彼は若い時にヨーロッパで研究生活を送っていたことがあるとのこと。英国じこみの紳士のマナーを身につけていました。もっとも日本でも、昔は、「据え膳食わぬは男の恥(とても含蓄のある言葉のようです。)」ということがありましたから、男は、誘われたら、断ってはいけません。美味しいビールがほどよくきいてきましたので、この後私も舞踊に参加しました。「旅の恥はかき捨て」ました。
今回の旅でも、素晴らしい人達とご一緒できました。旅も終盤になると、旅友がひとつの家族のようになります。最初は気取っていても、何日も一緒に過ごすと気心が知れてきます。本音でのお交わりができるようになり、何処でも、笑いの渦になります。これだから旅はやめられないのです。

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民家での夕食

ブドウの家ぶどう棚のしたで干しブドウ071

トルファンといえばぶどう、ぶどうといえばトルファンというぐらいここのぶどうは、太陽の放射が強く、気温が高く、熱量が豊か、加えて昼夜の気温差が大きいという要因で、品質がすぐれているのです。074
9月の収穫にむけてぶどうの赤ちゃんたちです。077_3
台所の裏庭のブドウ畑にはたくさんのブドウの木が。131_2
この家のお母さんとお姉ちゃんが(このお姉ちゃんはとてもしっかりとした頭のよさそうな顔をしています。)、私達のために夕食を造ってくれました。手づくりのなん、ケバブ、ラグ麺、ポロ、そしてほしぶどうです。その干しブドウの美味しかったこと、とくに、木にぶらさがったまま干しブドウになった茎つき、種ありの干しブドウは絶品。おみやげにたくさん買ってきました。
ホテルやレストランの夕食には、「ビールで先ず、乾杯!」ですが、今日はビールがありません。習慣とは恐ろしいものです。恐る恐る、「あの~、ビールは?」小さな声で、、、
「イスラム教なので、アルコールは飲みません。」ということは、こんなに美味しいブドウで造ったワインも飲めないの!?!?そうか!ここはイスラム圏なんだ!
人間は困ったもんです。アルコールが飲めないとなるとますます飲みたくなるもんです。旅友の△△さん(彼はお医者さんらしい)が、「町中にいけばビールは売っていますよ!持ち込みは、見逃してもらえますよ」ということで、現地のガイドさんがこの家のお父さんとビールを買ってきてくれました。いつもより大きな声で、「かんぱ~い!」。

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トルファンの町

5月3日夕方7時、まだ日は沈みません。子供達が学校から家に帰って行きます。066

トルファンの町です。砂漠のなかのオアシスの町です。068_2
夕食をいただける民家のご主人とお子さん達が迎えてくれました。067
このあたりのブドウ栽培をしている農家です。立派な門を入っていくと、ブドウ棚の下に大きな縁台がありました。069_2
お父さんにそっくりの娘さん達です。ウイグル族の顔立ちです。可愛~い!

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交河故城

いよいよです、今回の旅の見てみたかった遺跡のひとつがこの交河故城です。045

ふたつの河が交わる高台にあるので、交河と呼ばれています。城壁はなく総面積38万平方メートル。右に見える崖は、岩石ではなく土でできています。粘土質の土で、乾燥すると固く凝固してかなりの強度に。風雨に耐えて耐えて、残っていてくれました。
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廃墟と化した「都市のミイラ」です。
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平山郁夫先生がここに来られた時より廃墟化が進んでいるようです。新疆ウイグル自冶区では、1991年から観光地が有料化となり、写真撮影の制限等いろいろな規制ができだとのことです。所々にある見学者用の板敷き通路は、以前NHKがシルクロードを撮影した時に、取り付けたものを、そのまま使用しているうんだそうです。私達が支払っている受信料の一部がここに使われたということなんです。このところ、良い番組が少なくなりました。テレビも以前ほどは見なくなりました.歳のせいか早寝早起きになってしまったのも原因のひとつですが、NHKまでが、民放と同じような番組になっている、ようは、つまらないからです。ドイツに住んでいる友人が久しぶりに日本に一時帰国しています。彼女が、「日本で、生活していると馬鹿になる。テレビ番組で「国民総馬鹿化」を企てているようだ。と話していたことを思い出しています。
どうでもいいことですが、NHKさん、「これ以上、馬鹿にならない」番組を作ってください。061
入場料で、この遺跡の整備をお願いしたいものです。
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覆面スタイルも馴染んできました。   

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ウルムチ

タクラマカン砂漠の旅日記を書きのこしたままスペインに行ってしまいました。今年の年頭に、「旅日記は最後まで書く」と決めたことを思い出してしまいました。

5月3日、昨年開港した庫車空港から天山山脈を越えてウルムチに。096
ウルムチは、世界でもっとも内陸に位置する都市、ここでは漢族、ウイグル族、カザフ族、モンゴル族、回族などの42もの民族が暮らしているとのこと。今は、高層ビルの立ち並ぶ近代都市となっていました。私の書棚にある平山郁夫全集のシルクロードⅡの画をみていだいていたイメージとあまりにも違っていたので、「えっ!?」。
ウルムチ空港から、新疆ウイグル自冶区博物館へ。展示面積7800メートル、収蔵品は5万点。ここには、ミイラが何体も展示されていました。目玉のミイラは「楼蘭の美女」。美女は死んでミイラになっても美女なんだ!?、確かに、手足が長くて顔が小さくて、、、今も昔も世界ユニバース1位のような女性が美女なんです。007
ウルムチの町中は交通渋滞です。渋滞を何とか抜けてトルファンへ向かいました。021
いつのまにか車窓からは風車の林が。その数、400台以上。018
風車の向こうには、雪をかぶった山脈が。025
風で飛ばされそうでしたが、、体重があり過ぎて飛ばされませんでした。巨大な風力を身体で、味わいました。この風のお陰で電気ができるのです。まさに自然エネルギーです。自然の力は偉大です。031
突風でバスも横転することなく無事に天山山脈を越えて、トルファンに到着。交河故城へ。044

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馬に乗る

なんの因果でしょうか、孫娘の成績は、私の小学校の成績とほぼ同じでした。頭の中身は、残念ながら、「品種改良」にはなりませんでした。008

運動神経は、私よりよさそうです。彼女は家の近くにある乗馬クラブに通っています。母親である娘は、この夏休みに勉強の遅れを取り戻そうと家庭教師に毎朝きてもらって勉強をさせています。私は、なるべく口だししないようにしているのですが、、、「子供には、好きなことをさせるのが一番、きらいな勉強を無理やりさせてもどうかなぁ~!」、「勉強ができないと、みんなに馬鹿にされるから可哀想でしょ!」「そうかな~!貴女だって勉強できなかったじゃない」「私が、馬鹿にされて辛かったから、ソフィアにはそんな思いをさせてくないのよ」「えっ!そうなんだ、でもね、、、」
娘は、「宿題が終わったら、馬を乗りに行こうね!」「やった~!宿題、急いでやっちゃう!」
ニンジンをぶらさげて勉強させました。005
乗馬クラブには、大人しそうな馬達が優しい目をして待っていてくれました。012
馬を連れだして、装備をして等々、手際よく乗る準備をしています。勉強しているときと、目の輝きが違います。023
森の中を散歩にでかけます。先輩のおねえさんと一緒です。この孫娘が大きくなるまで、元気でいたいものです。

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バルセロナ世界水泳

今、バルセロナで水泳の世界選手権が開催されています。バルセロナへは、昨年の八月に行きました。そのときは、グラナダに行く前に立ち寄りました。娘から「バルセロナはプロのスリがいるから十分に気をつけて!」と言われておりました。パセオを一人で歩いていると、背中になにやら、、、鳥のふん!?、、恐る恐る、背中に手を、「あっ!」手には、ベッたっと乳液のようなものが。

後ろから、スペイン人のおじさんが寄ってきました。「背中に何か着いてるよ!」スペイン語です。今度は前からスペイン人のおじさんが、なんとティシュペーパーを持って、「拭いてやるよ!」もちろんスペイン語で、2人のおじさんに挟まれてしまいました。「あっちへ行け!」と、日本のなかだったら、云えたでしょうが、、、、残念なことにスペイン語が喋れません。なんとか、おじさんには退散していただきました。へんなおじさんが近づいてきたら、逃げましょう~!バルセロナに行かれるときは、くれぐれもスリにやられないように気をつけましょう!
ところで、話を世界水泳に戻します。10年前に開かれた世界水泳の時は、北島康介選手が100メートルの平泳ぎと、200メートルに平泳ぎで優勝しました。実は、あの大会の時に娘の正恵が、上野監督と、平井コーチからのご縁をいただいて料理人としてバルセロナでお手伝いをさせていただいていたのです。北島康介選手の活躍のお陰で、娘は、「誰かのお役にたてる」喜びを味わったようです。
その後、アテネオリンピックでも料理人としてオリンピックに参加させていただきました。北島選手はもちろん柴田あい選手も金メダルと、水泳はメダルラッシュでした。あの時の「力を尽くす」体験が、今の娘のエメルギーとなっているようです。026
レストランテMASAEの店内には、北島康介選手が娘の作ったおにぎりを食べている写真と新聞の記事が飾られています。手前には海苔の箱があります。築地の丸山海苔店の社長の差し入れです。娘が、意識して海苔の箱が写真に写るように置いたとのこと。さすが我が娘、機転が効きます。日本に彼女が戻ってきたときには、この記事のコピーを持って、丸山海苔店の築地の本社にお礼に伺いました。それにしても20代に頃は、まるまると太っていた可愛かったですね!今年彼女は36歳になりました。あのころは可愛かったが10年も経つと、それなりになるもんですね!
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経営者の片鱗がでてきました。お陰さまで、2店舗ともそれなりに繁昌しております。本当に有難いことです。「可愛い子には旅をさせろ」といいます。やっとその意味が少しわかったような気がしております。

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レストランテMASAE

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オラッ!扉を開けて、中に。お客さまがいてくれました。ほっとしました。スペインは、大不況と聞いていましたので、お店にお客様がきてくれなかったら、、、、なにしろ、お客様がきてくれないと、商売にならないのです。026
従業員が厳しい表情で打ち合わせをしています。この人達のお陰でお店もなんとかやってられます。感謝です。027
バーもきれいになっていました。多分、私が日本から来るということで整理整頓していたのでしょう!一昨年の2月にスリランカの日本人の女性の経営している紅茶工場に伺いました。彼女の工場の壁には、日本語で大きく、「5つのS、整理、整頓、清潔、清掃、しつけ」と書かれた張り紙が。まさに、これが「日本の心」です。海外で仕事をするうえでこころがけなければならないことです。030
トイレもしっかりと、チェックしました。嫁の家にいった姑のようです。036    
指で、窓のサンもチェック、039
奥には、お客様がいました。左側の2階席にも。ほっとしました。038    
壁には、あおやま着物学院から寄付していただいたきものが飾ってありました。

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グラナダの町

爽やかな風が吹きぬくアランブラ063

緑の木々のもとで、飲んで、食べて、お喋りしての人達です。町中に緑がたくさんあります。040
自動車とオートバイと、人と、建物、加えて緑です。069
通りで、ジョッキでビールを飲んでいる人、それを横目で見ている人、そして脇には緑。061夫婦って似てくるんですね~!
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不思議と大柄な人に目がいってしまいました。「オラッ!」っと突然声をかけられました。娘のお店の常連さんです。050
「ハグ」して、デナダ!(またね!)と言って、アディオース046
店の近くにやってきました。私と同じぐらいのおば様です。思わず、もしかして、ここは日本の上野!?!?(上野には、こんな感じのおかまさんがいるんです)。047
もちろん山の手風のマダムもおります。039
それぞれに個性豊かなおシャレをしています。025_2
お店が見えました。  053
たどり着きました。レストランテMASAEです。
 

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パセオ

湿気なしパセオ散策蚊はいない

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駅前のお店から次の2号店までは、パセオを散策しながら行きました。湿気がないので、歩いていても汗をかきません、草木の間にいても蚊がいないので、安心です。077
10年前は工事中でした。7年前は、孫娘のソフィアをベビーカーに乗せてこのパセオを何度も往復したことを思い出しました。ソフィアは今年の10月に8歳になります。その間大きな病気になることも、事故に会うこともなく普通の子に育ってくれました。ありがたいことです。078
この若者が話しているひげのお爺さんは、誰でしょう!?ここは、ピカソやダリが生まれたスペインです。スペイン人って少々変わっている人が多いんでしょうかね~!

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ひまわり娘

七夕やひまわり娘に会いにいく097

スペインのグラナダに住んでいる孫娘に会いに行ってきました。この6月に小学校を一日も休むことなく2年生を終了いたしました。9月からは3年生になります。
今回は、成田を日本時間の11時55分にフライト。パリ経由でマラガに。マラガに到着は現地時間で23時55分。搭乗時間は、合計約15時間、空港滞在時間、約4時間。娘と孫が空港まで迎えに来てくれました。娘の運転する車で、マラガの市内にあるホテルに。ホテルのベットに横になれた時は、ほっとしました。「スペインはとお~い!」。
女3人で泊まり、翌朝ゆっくりと朝食をとり、高速道路を約1時間走って、グラナダへ。085
グラナダの駅前にある1号店です。お客様がいてくれました。「ああ~よかった!」
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この国の人達は、家族、友人達と集まって飲んだり、食べたりしながら、お喋りしています。
「よくまぁ~!あんなに喋ることがあるよね~!」083
お会計してもまだお喋りしています。084
店の前にあるグラナダの駅は、10年前に着いた時と同じです。あの時のひとり旅がきっかけで、旅の病にかかりました。あの時は、ひとりは不安でした。今では、ひとりのほうが気らく、とひとりで世界中を回れるようになりました。駅を一回りして、そろそろ店もランチタイムは終了して夜までの休憩時間に。082
若い人達が、まだお喋りが続いていました。でも、店を閉めるわけにはいきません。「お客様は神様です」。

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スバシ故城

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チェルターグ山(何もない山の意味)の南麓に広がる仏教遺跡のスバシ故城です。027_2
見事になんにもありません。砂岩だけです。048_2
20世紀初頭に日本の大谷探検隊が発見した仏舎利です。この時に見つけて舎利箱は、現在上野の博物館に保管されているそうです。047
ここは、唐の時代には亀茲国最大の寺院だったそうです。後ろに見えるクチャ河を挟んで東寺区と西寺区に分かれています。西寺区だけが見学可能です。628年には玄奘三蔵がここに2カ月滞在したそうです。
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花の名前はしりませんが、砂嵐に耐えて可憐なはなが咲いていました。「逆境にこそ、綺麗な花が咲く」人間もそうなんでしょうか!?

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クチャ観光

5月2日今日は一日クチャ観光です。8時過ぎのホテルを出発して、塩水渓谷を見ながらキジル千仏洞へ。122

天山山脈山系のひとつにある塩水渓谷は、玄奨がインドに向かう途中に通ったとされる所です。谷間を流れる川は、雪解け水が流れ込む時期を除くとほとんど水はない。021_3流れている水は、まさに砂漠色。

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昨年行ったパキスタンの渓谷のようです。010_2

キジル千仏洞です。クチャ市区の西約40キロメートルにある亀茲国の貴重な仏教遺跡です。009

南北朝から唐期後期まで、1000年かけて作られたものだそうです。砂岩の岩肌によくもまぁ~!こんなに洞窟を沢山作ったものです。

1973年に発見され、その数は237窟、そのうち70窟は、比較的保存状況がよく貴重な壁画が残っています。塑像はほとんど破壊されて持ち去られています。007

中国通の旅友と記念撮影。この△さんは、大変な勉強家で、旅の間中いろいろなことを教えていただきました。実は、このブログは、彼女の送ってくれて旅日記と、添乗員の昌美さんが送ってくれた旅日記を「ぱくり」ながら書いています。△さん、昌美さん、ありがとう!008

洞のなかは写真撮影は禁止です。洞の中には、釈迦の涅槃図、琵琶を持つ菩薩図、伎楽天画等が、かなり疲れ果てた状態でありました。なかには、目、鼻等が削りとられている仏像が、、偶像崇拝を禁じている宗教の人達の仕業でしょうか?

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クチャ

ホータンからクチャへ。朝8時50分発ち夕方9時5分に到着しました。12時間の旅でした。この町は、天山山脈の南麗に位置しています。古くは亀滋国として10世紀ごろに繁栄したオアシス都市国家です。沢山の仏教遺跡が残っています。121この日泊まったホテルです。

一歩、中に入ると、そこは、熱海の!?!?、、温室?117
バナナの木にバナナが。   
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熱帯林です。
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ここは、ホテルのロビーでした。
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もしかしてと、池を覗いてみましたが、鯉は泳いでいませんでした。日本だったらここには、鯉かめだかでしょ!?
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このクチャは、人口46万人で、大多数がウイグル族です。が、当然漢族もいます。

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チマンのバザール

7時35分チタンのバザールへ。052

まだ、明るいのですが、そろそろ閉店、家に帰る人達です。056
ここでも、可愛い子供に目がいってしまいます。059
おねえちゃんと、弟くんが寄ってきてくれました。私の子供達も30年前はこんなだったんです。なつかしい~い!057
お姉ちゃんは、超かわいい~!
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通りをブラブラしていると、笑顔の可愛い女の子とお父さんが。お父さんの仕事を娘さんが手伝っているようです。ほのぼの家族です。昔の日本でもこのような風景はあちこちにあったんですよね~!寂しくなりました。「幸せって、なんだっけ!なんだっけ!」078
この女の子はおかあさんと一緒で、幸せそう~!080
この子は、「もう少し頑張って商売します」、状態ですかね~!108
万国共通です。若い時は、みんな可愛い、年をとれば、、、しかたない
このおかあさんも昔は、可愛かったんです。082_2
あねのこうじきみまろさんのお言葉にありました。あの時、可愛かった娘、あれから40年経ちました。今じゃ、、、
このおかあさんも089_2
あれから50年経ちました。104
日本のおばあさんもチタンのおばあさんも昔は可愛かったんです。今じゃ、誰もすり寄ってきてくれません。
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買われて行く牛にすり寄って、記念撮影。私だって昔は、それなりに持てたんですよ!大きなカバンが!?!?

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タリム川

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霧と雨のタリム川が見えてきました。タリム川は、タリム盆地を流れる中国最大の内陸河川。2030キロメートル。流域面積は、435500平方キロメートル。031
世界5大内陸河川のひとつだそうです。因みに一番大きいのは、ボルボ川だそうです。035
タリム川を渡ると、ちいさな民家が。042
ポプラと緑の野菜が。
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このガソリンスタンドでトイレ休憩。バスに戻ってきても、運転手さんがなかなか出発しないので、手持ち無沙汰にお父さんを待っている男の子を隠し撮り。045
早く着き過ぎたために、ここで時間つぶしをしないと、罰金が取られてしまうらしい。つまり「速度違反」となるから、046
待つこと30分。公安の検問を無事に通過してチマンの町に。

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タクラマカン砂漠縦断その3

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トイレ休憩です。ここのトイレもドアなしトイレ。床に穴だけ開いています。非常に合理的です。道路脇では、大型トラックの運転手さんのお祈りが。016
聖地に向かって、「無事に目的地までつきますように!」のお祈りでしょうか?タクラマカンとは、ウイグル語で「死や無限」と意味するそうです。昔は、この砂漠に入ったら出れれない死の砂漠と捉えられていたとのこと。確かに、砂嵐は凄い!017
望遠レンズで、盗写です。「ケチュルン」

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タクラマカン砂漠縦断その2

雨と砂と風と、嵐です。アクシデントが、、、突然バスが止まり、来た道をバックし始めました。「えっ!どうしたの?」、対向車の勢いでバスの左側のワイパーが飛ばされてしまいました。バスの運転手さんが、ワイパーを探しに、が、無残な姿で道路の上に、「ご愁傷さまです」。006_2

砂漠公路は、一時は通行止めとなるほどの嵐でした。この公路は、この砂漠にある石油や天然ガスの油田開発のためにつくられたもの。今では、中国のエネルギーを支える存在。97年に一般人にも開放された。緑化計画が推し進められていて、道路に沿ってヤナギ科の落葉高木の胡楊、ポプラに仲間で和名を「コトカケヤナギ」というそうです。乾燥や塩分に強い逞しい木です。人間もこのような厳しい環境で育つと「逞しく」なるのでは!?温室育ちが「やわ」に育ってまうのは、しかたないことかもしれません。

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1時35分、砂漠公路の脇にある食堂に到着。004
食堂のメニューは、もちろんラグ麺のみ。注文を受けてから麺をゆでるのかな?それとも突然のお客なので、隣に麺を借りにいったのかしら?なかなか出てきません。「一日をゆったり過ごす蝸牛」状態です。ここ砂漠では、「時はゆったりと流れる」ようです。001
せっかちな性格が、災いしました。店のなかをうろうろ、調理場をちらっとのぞきみしてしまいました。胸とお腹が一杯になりました。台所を覗き見しなかった落ち着きのある人達は、白い麺だけを、添乗員の昌美さん持参のポン酢でいただいていました。003
今回も素敵なお出会いをいただきました。偶然に私の故郷の群馬の前橋にお住まいで、世界中を旅している素敵なご夫婦です。厚かましく、バスのなかはいつも隣に座らせていただきました。□さんとは、同じ「群馬の女、同世代、子供3人」というだけですが、とても気が合って楽しい旅ができました。また旅友が増えました。
旅先で、お互いに努力して積み上げてきた美しい年輪を感じさせれくれるような穏やかなご夫妻にお会いすると、とても羨ましく思います。残念ながら、私は今生では、努力がたりなくて、「おひとりさま」ですが、今度生まれかわったら、、、、でも、今度はもしかたら、羊に生まれるかも!?

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タクラマカン砂漠縦断その1

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5月1日、8時50分ホテル発。2007年に開通した第2砂漠公路を北上してタクラマカン砂漠を縦断です。道路の両脇は、砂漠の砂で道が埋まらないように葦がマス目状に植えこまれています。070
公安の検問所では、厳しい検問がありました。
077 「月の砂漠」 をは~るば~ると、駱駝にのって、、なんてことはありませんでした。平山郁夫先生の「シルクロードの旅」の絵のような旅は、幻のごとく消え去っていました。
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霧と風で遠くがよく見えません。
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いつものことなのですが、トイレ事情が「日光の手前」(いまいち)の地域では、つくづく「男になりたい!」心境です。この日は青空トイレではありませんでした。仕方なく、現地の人が使用しているトイレをお借りして、「すっきり」したところで、記念撮影。013_2
旅にでて、成田に戻ってきて真っ先に駆け込むのは、「トイレ」です。「ああ~!日本に帰ってきたんだ!日本っていい国だよね~!」と、感激します。「日本のトイレは世界一」。

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