« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »

2009年5月

草津よいとこいちどはおいで!

万緑のトンネルぬけて草津の湯

「草津よいとこいちどはおいで!一度と言わず二度おいで!」草津に行ってきました。天候は、日光の手前(今市)、いまいちでしたが、それなりに楽しんできました。

温泉宿に着いたら、直ぐにゆかたに着替えて露天風呂にまっしぐら、こんなはやい時間には、誰もいないだろうな~と期待して行きました。ところが、千客万来!きみまろさんの世界でした。「あなたもわたしも中高年」中高年の叔母様達で賑やかでした!

山里の小梨の林露天風呂

| | コメント (0) | トラックバック (0)

グラン・トリノを観てきました!

銀幕のイーストウッドに惚れ直し

先日、銀座マリオンで、「グラン・トリノ」を観てきました。「老人は迷っていた、人生の締めくくり方を。少年は迷っていた、人生の始め方を。」

78才のクリント・イーストウッドが、超かっこいい!映画評論家の淀川さんが、生きていらしたら、どのような語り口で解説をするのでしょうね~。

イーストウッドと言えば、「マディソン郡の橋」の、夫と子供を旅行に送りだした主婦と偶然出逢い、束の間の恋に身をゆだねるカメラマンの役で、あの演技派女優のメリル・ストリープと絡んでましたよね。

1995年、あの映画を観た私の女の友人達は、ため息まじりで「あんな体験してから、死にたい!」なんて、ファミレスでランチ食べながら話していました。

14年前にランチした友人達に「グラン・トリノ」観てきてね!とメールしています。2009年、アラカン(60才前後)のおばさま達は、どのような感想をのべるか、楽しみです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

芍薬と牡丹はどう違う?

芍薬の甘い色香に胸きゅん

昨晩、ほろよい気分で玄関の鍵を開け、リビングのドアをあけると、満開の芍薬の甘い香りが熟女(?)を迎えてくれました。おひとり様の至福の時です。

牡丹が散り終わり、芍薬が咲きました。牡丹と芍薬は、どうちがうのでしょう?ものの本によると、牡丹は木で、芍薬は草で、牡丹は芍薬の根に接ぎ木して繁殖するんだそうですよ。私と姉のような関係でしょか?もちろん私が牡丹で、姉が芍薬です。(´ρ`)ぽか~ん後ろから殴られそうですね。姉のお陰で、私は、我が儘に優雅に日々を過ごしています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

芍薬の花が咲きました!

芍薬の一ト夜のつぼみほぐれけり(久保田万太郎)

花やさんで、買ってきたつぼみの堅い芍薬が咲きました。牡丹のはなは壮麗で、豪華で、銀座のオオママといった感じですが、芍薬のはなは、流麗で、青山のシャンソンバーのママといった感じですかね~

このところ、草花に感心を持つようになりました。これも年齢のお陰で、私は草食系おばさんになってきたのでしょうか。

ところで、「草食系男子」って知ってますか?積極的に恋愛をしない、女性を誘わない。自分から告白しない、セックスを求めない、という男性のことだそうですよ!

ある週刊誌の見出しに「女性と2人で一晩いても手を出さない。モテない訳ではないのに恋愛に消極的。そんな「草食系男子」が増殖中。思わず、うちの息子2人(29才、27才)は完璧な「草食系男子」だね~とつぶやいてしました。

母親としては、人並みに恋愛して結婚して、子供を育てて、欲しいと願っているのですが、、、そう言えば、麻生総理が、「僕は43才で結婚して、2人の子供をつくったから男としての義務を果たした。」といったことが、また、問題発言だと、新聞に載ってました。男って、可哀想ですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

母の日

母の日に妣に捧げる感謝状

昨日は母の日でした。私にとっては、妣の日でした。因みに亡くなった母のことは「妣」というのだそうです。

2005年に「親を考える会」の代表の近藤昌平さんにお声をかけていただき、「愛する母への感謝状」かんき出版に掲載していただきました。もう絶版になっておりますので、ここの再現いたします。

「あなたがそこにいるだけで」

手料理でお客様をもてなすのが大好きだった私の母に育てられた長女が、料理研究家になることを目指して、4年前にローマに留学した。その後、アルハンブラ宮殿のあるスペインのグラナダに嫁いで、大きなお腹を抱えて6月中旬に帰国した。今、私は久しぶりに長女と出産準備のための買い物を楽しんでいる。

長女の出産予定日は、奇しくも亡くなった母の生まれた日の10月10日で、生まれてくる子供も女の子と言われいる。そして、今年は母が亡くなって丸10年が経っている。「十年一昔」というが、この私が、母と娘のお陰でお婆ちゃんになれることに、「ありがとう」の思いで一杯でいる。

母は、大正3年(寅年)群馬県の榛東村で、8人弟妹の長女として生まれた。「上州のかかあ天下」と「豪の寅」を実演しているような母は、働き者で、豪放磊落で世話ずきでした。母は平成7年8月31日の朝、身支度を整えて、普段着の割烹着姿で横になり静かに息を引き取った。私は、母の死から「良い生き方は、良い死に方」につながることを学んだ。「母のように良く働けば、母のように楽に死ねる。」と信じている。

柳生家に嫁いだ母は、「柳生家の家訓」である「小才は縁に気づかず、中才は縁を生かさず、大才は袖すり合う縁をも生かす。」を実践した生き方をしていた。ご縁を大切にして、お会いした人を大切にしていた。私もご縁を大切にする生き方を心がけている。

私と娘に、「人さまから可愛がられる人になりなさい。」と育ててくれた母の教えは、しっかりと孫娘に根付いている。日本人の少ないスペインのグラナダの田舎町で、夫の家族や、夫の友人に可愛がってもらいながら、学校での学生生活を楽しんでいる。「子供が生まれたら、舅姑に子育てを手伝ってもらいながら、料理研究家の夢は必ず叶える。」と話している。頼もしいかぎりである。

私の机の上には、母が微笑んでいる似顔絵と、母が大好きだった相田みつお氏の書が額に入れて飾ってある。「あなたがそこにただいるだけで、みんなのこころがやすらぐ、そんなあなたにわたしはなりたい。」私もいつか母のようなおばあちゃんになりたいものである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

下谷神社のお祭り

下谷っ子歩めぬうちの祭り足袋

今日は下谷神社のお祭りです。快晴のもと町内には子供御輿が練り歩いていました。昨年うまれたばかりのまだ歩けない子にもお祭りの支度をさせて、新米のおじいちゃんがだっこして、こども御輿のあとについて町内を一回りしていました。そのおじいちゃん、「どこかで見た顔だな~」しばらくして、思い出しました。私の長男の小学校の同級生のお父さんでした!そういえば、最近、昔の蛍光灯になることがときどきあるんです。

よその子とうちの子と比べても仕方ないのは、重々解っているのですが、、、あの子は結婚して子供もいるのに、うちの子は、、、ないないずくし。

子供も、友達のお母さんは、いつも美味しい料理を作ってくれて、上品で、綺麗なのに、うちの母は、、、ないないずくし。

そういえば、今日は母の日ですね、私には3人子供がいるのに誰ひとりとして、カーネンションをくれません。でも世の中「捨てる神あれば、拾う神あり」です。近所の銀行の営業の女性が金曜日の午前中にカーネンションを届けにきてくれました。彼女は笑顔がとても素適で、上品で、言葉がとても綺麗です。昨日、自宅に佐川便で、カーネーションの鉢植えが届きました。昨年めでたく結婚したご夫妻からでした。「お母さんありがとう」のカードが添えられてありました。

カーネンションよくぞ女に生まれけり

| | コメント (0) | トラックバック (0)

青嵐

ランドセル青嵐(あおあらし)にも負けないぞ

今朝は大降りの雨と風で、大変でした!自宅から駅に向かう途中、前に歩いているランドセルの女の子が、風に吹き飛ばされないように歩いていました。

青嵐とは、青葉のころ吹き渡るやや強い風のことで、嵐といっても、荒々しい風ではなく、万緑を吹き揺るがせ、青い色彩感を伴うので、木々の枝のざわめく音や、草のなびく様子が彷彿する言葉だそうです。とても美しい響きですよね!日本には、美しい日本語があるのですね!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

こどもの日

こどもの日孫に引かれて野球観に

生憎の雨のこどもの日に、東京ドームの横浜、巨人戦に出かけました。ドームは、こども連れの親子、祖父母孫で満員御礼状態でした。

この日、横浜の工藤投手が46才の誕生日を迎えられたとのことを、翌日の新聞で知りました。なんだ、そうだったのか、そういえば、工藤投手が2番手で登場すると、大きな拍手がドーム内を襲ましたよ。遠目でも「いい顔してますね~」といった感じでしたね~。

新聞によると、しばらくはチームの方針で左打者を中心に中継ぎでの起用が続くが、「ワンポイントでも負け試合でも最善をつくすだけと」と意欲的に話していたとのことでした。

6対4で、横浜が勝利しました。私も工藤投手のようにどのような場面でも「最善をつくしたいな~。」と、でもね~思うことは簡単ですが、実践することは難しいですよね!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

みどりの日

みどりの日風もみどりになりにけり

山笑う妙義の里に墓参り

5月4日は私の父の命日です。父は私が20才の時に66才で、亡くなりました。私は母が35才、父が46才の時に生まれました。長兄とは一回り以上も年が離れております。小さいころは、橋の下から拾ってきた子だといわれておりました。同じ嘘なら、コウノトリが連れてきた子といってほしかったですよね!

5月3日と5月5日の休日に挟まれて何時からか5月4日も休日になりました。

一昨日書棚を整理していたところ、当時小学5年生だった末の息子の日記が出てきました。 

5月4日(月)元気でやっています。今日は、母方の祖父の命日だ。20年前になくなった。だから今日は、田舎の群馬に行くことになった。9時30分、列車に母と2人だけで乗って出発した。列車にゆられること、3時間、やっと田舎に着いた。実家に着くと直ぐに墓参りに出かけた。祖父の墓の前に座り線香を置いて、手を合わせた。「おじいちゃん!僕たち元気でやってます。」そう頭のなかで唱えた。僕は祖父を見たことはないが、となりで手を合わせている母を見て、「お母さん、今どんな気持ちだろうな。」そう思った。

3月末に末の息子の就活に付いて長崎に出かけました。小さかった息子が、叔父さんくさくなり、しっかりと私の面倒をみてくれました。息子にエスコートされての2泊3日の旅行でした。帰りの飛行機のなかで、「若ぶっているけれど、それなりに年をとっているね~」と言われてしまいました。「君に言われなくても、自分が一番よく認識していますよ!」とは、言いつつ内心は、私だってまだまだ、、、「年をとっても君には迷惑かけません。」可愛くない母でした。

見渡すかぎり緑また緑、野にも山にも公園、庭にも青葉、若葉が満ち満ちています。

華やかな過去を語らずリラの花

華やかな過去は再びライラック

さあ、万緑を堪能しましょう!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »