愛しのマイホーム~

Img_4455_20211120152801

久しぶりに、イギリスの劇作家ローラ・ウエイドによるオリジナル戯曲による白井晃の演出のお芝居を見てきた。令和3年度文化庁芸術参加公演で、鈴木京香さん、高橋克実さん、江口のりこさんらが共演されている。鈴木京香さんの羨ましいほどの美しさに驚き、高橋克実さんの重厚感のある演技に感嘆、江口のりこさんの爽やかな立ち姿に見惚れと、「生」を堪能。

私の姪(姉の長女)が、お芝居のプログラムにコラムを書かさせていただいことがご縁で、お芝居を姉と私と私の友人と3人で日比谷に出かけて、食事をしてお芝居を見てと、楽しい時を過ごさせてもらった。

が、その後、ポインセチアを購入した園芸店のでこぼこ道で、捻挫をしてしまったのだ。「イタタ!」下半身がしっかりしているので、なにごともないなかったように園芸店を出ることができた。ありがたいことに園芸店の近くに薬局があったので、お店の人を捕まえて、「すみませ~ん!捻挫しちゃんたんです。冷やしたほうがいいですね~!」「はい、」「そうですね、湿布コーナーにご案内しますので、お好きな湿布をお買い求め下さい」。

湿布を購入して、ホームのベンチに座り湿布を張り、無事に家に帰ってきた。翌日は、くるぶしのまわりが立派に腫れていた。みごとな捻挫だった。

Img_5809

愛しのマイオフィスにポインセチアと愛しの孫娘の小さいころの写真を置いた。ポインセチア燃えたつ部屋にひとりをり。

| | コメント (0)

時に海を見よ

Img_5774

「時に海を見よ」2011年の春、立教高校の校長先生だった渡辺憲司さんが、震災の影響で高校の卒業式が中止となってしまった時に、式辞に変えて卒業生に贈る言葉として、学校のウエッブサイトに公開されたものが、新聞の記事に掲載されていた。

「そうだ、海を見にいこう」といことで、10月30日の土曜日の朝、7時30分品川発の京浜急行の特快に乗って京浜久里浜駅で降りて、「尻こすり坂通り」に。な尻をこするって、どうゆうこと。71歳とおばあさんと41歳のおじさんは、笑いながら歩き始めた。

Img_5762

尻こすり坂は、昔は、急勾配の坂道を坂をあえぎながら上がり、尻をこすりながら下ったことから尻こすり坂と命名されたのだとのこと。

Img_5780

長い長い坂道を歩いていくと、久里浜にでた。やっと、海に。歩くこと約2時間。

Img_5782

71歳のおばあちゃんは美味しいビールと海鮮丼。41歳のおじさんはお茶と上寿司。幸せな秋の日に感謝。

Img_5785

渡辺校長先生の心が震えるような言葉は、「大学に行くとは、【海を見る自由】をえるためではないかと思う。現実を直視する自由だと言い換えていい。時に、孤独を直視せよ。海原の前に立て。自分の夢がなんであるか、海に向かって問え。青春とは、孤独を直視することだ。流れに任せて、時間の空費にうつつを抜かすな。いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。」

Img_5770

詩人の坂村真民先生の「海を見よ」の詩も素敵だ。「海よ見よ おまえの好きな海を見よ そうしたら一切受容ということがわかるだろう 宇宙の実体がわからないなら海を見よ そうしたらその本義がわかるだろう 仏陀の慈悲がわからないなら海を見よ 海がそれを知らせてくれるだろう わたしが帰っていくのは海である 海から生まれたから海に帰ってゆくのである 海は私の母である。

 

 

 

 

| | コメント (0)

ススキ

 Img_5749

をりとりてはらりとおもきすすきかな(飯田蛇惚)

秋晴れの日曜日に久しぶりに姪の娘(小学校4年生)と散歩した。「わっ~!すすきだ!」とても元気のよいすすきだ。私がもっていたイメージは、「か細い茎にしなでるようようなか弱い」すすきだ。

閑静なしゃれた住宅の庭に咲いていた。たまたまお家からでてきたご主人に「写真撮らせて下さい」と、図々しくお願いしたところ「どうぞ!」。

すすきを読んだ俳句を、実際に試してみたかった。ご主人に「あの~一本折ってもいいですか?」と、小さな声で聞いた。姪の娘が私のコートの裾を引っ張って、「やめてよ!」マスクのおかげで、ご主人には、私の2番目のお願いは聞こえなかったようだ。

Img_5761

やっと、道端に咲いていたすすきをみつけたので、折り取ってみた。「はらり」って、こんな感じなんだ。

| | コメント (0)

秋ダリア

Img_5725

秋ダリア孫の笑顔が重ねけり

目黒駅のアトレ2の花屋さんの店先には秋ダリアが満開だ。ダイアは夏の花でしょう!と、思っていたのだが、どうやら選定して秋にも咲かせているようだ。本来は、夏にふさわしい生命観の強い花だが、人間が手を加えて秋にも咲かせるようにした。そのために夏のような勢いはないく花も小さいが、色彩は一段と鮮やかだ。

10月10日は亡母の誕生日、10月12日は孫娘の誕生日だった。スペインのグラナダに住んでいる孫娘は今年16歳になった。反抗期の絶頂期だ。「反抗期の孫娘と更年期の娘が互角に戦っている」高齢期の私はまさに「高見の見物」。どっちもがんばれ~!

Img_5723

ダリアの花言葉のひとつに「不安定」「移り気」がある。これは、ナポレオンの時代に、ダリアに美しさを巡って争いが起きたかららしい。

ナポレオンの后ジョゼフィーヌはダリアが大好きで、珍しい品種を宮廷の庭に咲かせて独り占めにした。妬んだ貴婦人が彼女の愛人の庭師を使ってダリアを盗ませて、自分の庭で見事な花を咲かせてしまった。途端に、ジョセフィーヌは、興味を失ってしまった。

他の人の手に移ってしまったら、「はい、それまでよ」。好きな人が他に行ってしまったら、興味を失ってしまう。見習いたいものだ。

 

| | コメント (0)

すぐ死ぬんだから

Image_20211006084501

「すぐ死ぬんだから」終活なんてい一切しない。それより今を楽しまなきゃ。

内館牧子さんがお書きになった本の内容だ。上野駅の構内にある本屋さんの店頭に平積にされていた。表紙が、超素敵だったので、思わず手に取ってレジに。スイカで購入。

主人公のハナさんは78歳。60代まではまったく身のまわりをかまわなかった。ところがある日実年齢より上に見られて目が覚める。「人は中身よりまず外見を磨かねば」と。仲のいい夫と経営してきた酒屋は息子夫婦に譲って近くのマンションで優雅な老後を過ごしていた。

「すぐ死ぬんだからお洒落したって仕方がない」、「すぐ死ぬんだからどこにも行かない」、「すぐ死ぬんだから楽なのが一番」。おおかたの高齢者はこのように思うらしい。

私は、「すぐ死ぬんだからお洒落して気の合う仲間とのお喋りを楽しみたい」、「すぐ死ぬんだからイルカと泳いでみたい」、「どうせ死ぬんだからジェット機でオーロラをアラスカまで行って見たい」。

| | コメント (0)

20年経ちました。

Photo_20210929083001

「おかげさまで料理人という仕事を始めて20年経ちました。これも皆様のおかげです。これからもよろしくお願いいたします。」娘がインスタグラムに投稿した。

コロナ禍をやっと乗り越えてグラナダの「レストランテマサエ」は、9月3日に再オープンできた。9月4日「ママ~!常連のお客様がいっぱいきてくれたよ~!」「よかったね~!ありがたいね~!」「今日は13時間も働いたよ!」「ママだってね、あなたの年齢のころは、15時間くらい働いたよ、若い時はみんな寝る間を惜しんで働くもんだ」

この会話を聞いていた私の息子である彼女の弟は、「それ、言ったらお姉ちゃん、可愛そうだよ」「なんで」「だってさ、麻子さんの仕事とお姉ちゃんの仕事は質が違うよ」「どう違うの」「お姉ちゃんは料理人で立ち仕事だよ」「それがなに」「麻子さんは椅子に座っての仕事でしょ」「確かに、今はね、でもね若い時は登記所巡りで肉体労働だったよ」。今は少し楽しているけど、30年前は私だって、、、

40代の娘に70代の母親は、「まだまだあんたには負けないよ!」

 

14196576881261

ラインに、こんなチラシが送られてきた。スペイン語でなんだかよくわからないけど、料理コンテストに挑戦するようだ。「なんでもいいからやりたいことをやってごらん、人間必ず死ぬしいつ死ぬかわからないんだから」

私だって、すぐ死ぬんだからやりたいことをやる。

| | コメント (0)

彼岸花

Img_5661

線路脇こんなところに彼岸花

いつもの通勤路の山手線の線路脇に彼岸花が咲いている。今日は9月23日。いつものように事務所に来てきまった。なんだか事務所にいるときが落ち着く。電話もない、来客もない状態に慣れてしまったようだ。コロナのおかげか年齢のおかげか、ありがたいことだ。

Img_5662

彼岸花は別名、曼珠沙華ともいう。マンジュシャゲとは、赤い花をあらわす梵語であるという。田のあぜや土手などに群生する。人間の生活圏に自生し、山の中などにはない。

Img_5663

「結いあげし髪のごとしや曼珠沙華」(椎橋清翠)組みひもで作ったような素敵な花弁に見とれてしまった。別名、幽霊花ともいうらしい、幽霊って綺麗で妖艶なんだろうか。会ってみたいものだ。

| | コメント (0)

宵待草

Img_5650

パラオリンピックが終わり、菅総理が次期総裁選に出馬をしないこととなり、河野さん、岸田さん、高市さんが総裁選に名乗りをあげた。もしかしたら、日本で初めての女性総理が誕生するかもしれない。

今朝も五反田駅まで歩いた。昨晩の雨も上がりかすかに青空が。道路脇には宵待草が咲いていた。思わず、竹久夢二のあの歌詞が浮かんできた。「待てど暮らせど来ぬ人を宵待草のやるせなさ、今宵は月も出ぬそうな」

今日ははや9月15日、「今はもう秋、だれもいない海、寂しくとも寂しくとも死にはしない」こんな歌があったような。

義兄が突然に私の目の前で亡くなってから丸三か月が過ぎた。「寂しさも薄れゆくかな宵待草」

 

 

| | コメント (0)

母の命日

Img_5557

早いもので八月も終わりだ。8月31日は母の命日だ。母が亡くなった日も暑かったが、今年のような危険な暑さではなかった。コロナで外出は控えパラ競技のテレビ観戦とで、「なまけもの」状態だ。ゆでガエルになりそうだ。

先日、友人が、彼女のお父様がお亡くなりになったので、相続の諸手続きのことで事務所までお運びいただいた。その折に、イギリス在住のブレンディみかこさんが、2019年にお書きになった『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』という本のことを教えてもらった。

イギリスの公立中学に通う息子(ハーフ)の日常的エピソードから、格差や差別、友情などを描き出したものだ。読み終わって、スペインのグラナダにいる私のハーフの多感期に入った孫娘のことが気になってしまった。

約3か月前から、彼女は父親(スペイン人)の家で暮らすことになった。娘からは、「スペインは共同親権だから今まで母親の家で暮らしていたから、次は父親の家で暮らすようになっただけ」。「へぇ~そうなんだ!」

娘と孫娘とのやり取りを娘から聞いて、「あらそう、貴女はもっとひどいことを私に言っていたわよ」「そうだったかな?」「そうよ」。更年期の母親と反抗期の孫娘のバトルに対して、さらりと、流していた。

しかし、孫娘は、スペイン人の父親と日本人の母親の間に生まれたハーフだ。まさに彼女はイエローでホワイトで、かなりブルーなのだ。ホワイトの父親の家庭で過ごすことを選んだ孫娘の心境を想像すると、私もブルーな気持ちになってしまった。

天国にいる母にお願いしよう。「私と娘と孫娘を見守っていてくださいね」。

Img_5613

朝の通勤道にピンクの彼岸花が咲いていた。今年も残すところ4か月、「いろいろなことがあるけれど、明日はどうなるかわからないけれど、いろんな人がいるけれど、いやなこともあるけれど、今日一日はあかるいこころで笑顔でいよう」。

| | コメント (0)

すなお

14517141317001-2

嫁からラインに孫の写真が送られてきた。小学校2年生になった。ローヤルブルーのランドセルを、孫のランドセルは、おばあちゃんが買うものだという世の中の風潮に逆らえず、私が銀座のお店で購入させられてから丸2年経っている。孫の「麻子バーバーが好きなローヤルブルーが僕も好きなんだ!」の一言が、今でも耳に心地よく残っている。

11796897270901_20210808113201

「素直になろう~!直太郎君!勉強好きになろう~!」「麻子バーバーもね!」

 

| | コメント (0)

«蓮の花