雲にのりたい

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雲にのりたいやわらかな雲に

おひさまが天から降りてくるような炎天下、義兄が好きだった賛美歌を牧師先生の奥様の伴奏で歌って、義兄の納骨式が高尾の東京霊園にて行われた。10年前に亡くなった二女の遺骨の隣に仲良く並んで納骨された。

青空には、やわらかい雲が。

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慈しみ深き友なるイエスは 罪と咎憂いを取り去り給う 心の嘆きを包まず述べてなどかは降ろさぬ終える荷物を

慈しみ深き友なるイエスは われらの弱気を知りて憐れむ 悩み悲しみに沈める時も祈りに応えて慰め給わん

慈しみ深き友なりイエスは 変わらぬ愛もて導き給う 世の友われらを棄て去る時も祈りに応えて労り給わん

 

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天が与えてくれた素晴らしい贈り物

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今日は、6月12日の未明に義兄が箱根のホテルで天国にひらりひらりと旅立ってから1か月経った。毎週週末は姉の家で、死後のやらなければならない煩雑な作業を手伝っている。義兄の書斎に入って机の引き出しを空けるときに、私は姉に「ねぇ~変なものが出てきたらどうする?」「変なものって何よ」「知らない女の人とその人との子供と一緒の写真とかさぁ~」「それは絶対ない」「そうかなぁ~!彼はマメで優しかったから。」「絶対にない」。

Kiku

机の引き出しから雑誌の記事のコピーが出てきた。「死」は天が与えてくれた素晴らしい贈り物。篠原医院の院長先生によると、「人は死ぬ瞬間は、脳にエンドルフィンという物質が大量に出て恍惚状態になります。夢見心地な状態で旅立つことができるので苦しくはありません。

義兄はこの記事のおかげで死にたいする不安が和らいだのかもしれない。

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箱根の紫陽花

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紫陽花やきのふの誠けふの嘘(正岡子規)

6月11日に、箱根登山鉄道に乗って箱根湯本駅から宮ノ下駅まで姉夫婦と姪と姪の娘と一緒に沿線に咲き誇っている紫陽花を楽しんできた。

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ピンク色の紫陽花が。

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宮ノ下の駅のホームにも紫陽花が。

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ここには青色の紫陽花が。

その後、箱根のホテルにチエックインをしてゆくりと温泉につかり。美味しい日本食と美味しい日本酒をいただき楽しい夕べを過ごした義兄は、私に「後のことはよろしく頼む」と、言い残して、トイレに行きオシッコをして、気落ちよさそうな顔で、まさに「はい、さようなら」姉に抱きかかえられて12日の未明に天国に旅立っていった。急性心筋梗塞、享年79歳。まさに眠るような死だった。嘘のような本当の出来事だった。

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義兄はひらりひらりと天に昇って逝った。これからは光となって、いつも残された私達をみ守ってくれるにちがいない。

 

 

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円覚寺その2

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朝の座禅は、「コロナが去った後のお楽しみ」とすることに。円覚寺と建長寺の間にある友人がやっている「去来庵」にてお茶をいただきながら女将さんとお喋りを楽しんだ後に、折角来たのだからと円覚寺に寄った。

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この門を入った先が座禅道場だ。門は閉ざされていた。若い女性が中をのぞいていた。横田南嶺猊下のファンかのしれない。私も中をのぞいてみると、若いお坊さんが入り口に向かって立っていた。私が文京区小日向に住んでいた大家さんの徳運寺の副住職によく似たイケメンさんだ。しっかりと目の見開いて見てみると、腰骨を立ててすっきりと立っている。立禅をしているに違いない。

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ここにも坂村真民先生の詩が掲示されていた。「花咲き花散りはや5月」

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庭園内には観音様が微笑んでいた。大きさは私の机の前にある観音様と同じだ。

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円覚寺のお手洗いの脇には、ショップがあった。ショップには朝、生垣の手入れをしたいた男性が着ていたティーシャツが売られていた。もちろん書籍も。そのなかの一冊「仏心のなかを歩む」横田南嶺猊下の随筆集を購入した。

ページを開くと、「はじめに 生まれたことの不思議 今日まで生きてこれたことの不思議 こうしてめぐり合えたことの不思議に手を合わせて感謝します。」

今朝も、「8時前に事務所までこれたこと、生きていることの不思議に手を合わせて感謝します。」と、私の事務所の机にいらっしゃる観音様に手を合わせた。

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円覚寺

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私は文京区小日向にある徳雲寺の敷地内の13もの部屋があり庭には灯篭、お社もある広くて古い家に住んでいたことがある。古民家を好きなように改装して快適に住んでいた。

徳雲寺は臨済宗のお寺だ。今年の2月に和尚からお手紙を頂いた。「刻字展」の招待状が入っていた。個展の会場に入ると、なんとなんと、私が大好きな円覚寺派管長猊下横田南嶺老師の書が。じっと見入っていると、徳雲寺の和尚が「やぁ、久しぶり、来てくれてありがとう」「凄いですね~!ところで、横田猊下はここにこられるんですか」「昨日、来てくれたよ」「わぁ~残念!」「日曜日の朝9時に円覚寺に行けば会えるよ」。

話が長くなってしまったが、というわけで、円覚寺にきたのだ。が、コロナ過で日曜日の朝の座禅会は中止。

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横田猊下がお書きになったにちがいない。

「これからだみどりの風よ さえずる鳥よこれからだ みちくる潮よこれからだ もえでる葦よこれからだ わたしの生よこれからだ」

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朝早くから生垣を丁寧に手入れをしている男性の後ろ姿に思わず、手を合わせてしまった。

 

 

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六地蔵様

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六地蔵様が庭園内に祀られていた。

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ありがたいことに解説文が掲示されていた。六地蔵様とは、「私達衆生が現世の善悪の業において、いずれ赴き住むと言われる六つの迷界での苦しみを救って下さるお地蔵様」。

仏教では、人は亡くなると生前の行いをもとに、六つある世界のどの世界にうまれかわるか、審判を受けるのだそうだ。六つの世界は「六道」だ。

天道・人間道・修羅道は「三善道」畜生道・餓鬼道・地獄道は「三悪道」といわれている。10年ほど前にインドとパキスタンの間にあるラダックの僧院、新疆ウイグル自治区のベゼクリク千仏洞に行ったときのことを思う起こしてしまった。目を背けてしまった地獄絵図を。地獄の世界だけには生まれ変わりたくない。

6月20日まで、不要不急の外出は控えなければならない状況なので、六道について調べてみた。

以下引用

天道(神々や天人が住んでいる世界)人間より優れた存在、人間道より寿命が長く苦しみもほとんどないとされている。

人間道(人間が住んでいる世界)悩みや苦しみ(煩悩)が沢山ある世界で、苦しみもあるが仏教を修めることで、輪廻を抜けれれる可能性があるとされている。

修羅道(阿修羅が住んでいる世界)争いによる怒りや悲しみや、戦いや争いも絶えない世界とされている。

畜生道(鳥、獣、虫、魚などの人間以外の動物が住んでいる世界)動物的本能で行動し生きており、弱肉強食の世界だとされる。

餓鬼道(餓鬼が住んでいる世界)食べようとすると食べ物が火となってしまい、餓えと渇きに苦しむとされている。

地獄道(悪行を犯したものが送られる世界)厳しい責め苦を受け、苦痛が絶えず続き最も過酷な世界とされる。

六地蔵様は、六道輪廻から解放されて成仏できる様に救いの手を差し伸べてくださる地蔵菩薩なんだそうだ。そうなんだ。

因みに、救済に向かう六道とお地蔵様の関係は以下のようだ。

天道…日光地蔵

人間道…徐蓋障地蔵

修羅道…持地地蔵

畜生道…宝印地蔵

餓鬼道…宝珠地蔵

地獄道…壇陀地蔵

有名な長野の善光寺の六地蔵様の地獄道へ向かうお地蔵様だけが片足を崩している。これは、最も過酷な地獄道へ一刻も早く救済に向かう姿だといわれているそうだ。これぞまさに慈悲のこころかな。

 

 

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明月院

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参道の脇の小路にはいると、北海道の紫竹ガーデンもどきの「月の広場」が。色とりどりの花が咲いていた。

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広場にはなんと「ウサギ」が。「あっ、そうか、月にはウサギがいるんだよね!」。ここは明月院だからだ。

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明月院には、枯山水庭園がある。つつじが見ごろだ。しばし、青い空と白い雲と新緑の木々と、白い砂と五月の風を楽しんだ。

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花想い地蔵様が、紫陽花の花を抱えて待っていてくれた。「人は誰れしもはかない花の想い出のなかに生きています。大切な人との別れ、いとおしい物との別れそんな時、ふと目に留まった花がどんなにか心を慰めてくれたことでしょうか。」

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おやっ!ここにもウサギが。「可愛い~!」

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紫陽花

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紫陽花の色に見とれし明月院

5月23日、息子に誘われて鎌倉に行ってきた。品川駅から横須賀線に乗って北鎌倉駅に。そこから歩いて明月院へ。昨年はコロナ禍で閉院だったので、今年こそは早めに行こうと。

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拝観料をお支払いして中に入ると紫陽花に囲まれた参道が。やはり少々早かったようだ。

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咲き始めたばかりの紫陽花は、可愛らしく色っぽい。「あじさいは香りなくとも色気あり」。

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日の出

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海つばめ日の出に肺を清めたり(阿部みどり女)

熱海の海岸を歩いていると、海の面しているホテルの入り口には「空室あります」の看板が。「いつ死ぬか分からないし、そのうちといううちもないおひとり様なんだから」と、泊まることにした。

ホテルの部屋の真ん前には初島が。熱海からの初島行きの運航船がゆっくりと航海していた。風呂にて汗をながしたあとは、まずビール。「優雅なおひとりさまにかんぱ~い!」。

夕食後、うとうとしていると、窓の外には空一杯に花火が。なんと、熱海の花火大会だったのだ。「ラッキー!」

早寝早起きが身についているおかげでこの日も日の出前に目が覚めた。カーテンを開けると目の前には

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思わず、手を合わせた。

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水平線から朝日が昇ってきている。

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最上階にある露天風呂からは海に写る光の道が見えた。なんだか目頭がじわっとしてきた。心にべったりとついてしまっている垢が少し取れたようだ。

「光と海つばめ」で、思い出した詩がある。坂村真民先生の詩「鳥は飛ばねばならぬ人は生きねばならぬ」だ。 

「鳥は飛ばねばならぬ 人は生きねばならぬ 怒涛の海を飛び行く鳥のように混沌の世を生きねばならぬ 鳥は本能的に暗黒を突破すれば光明の島に着くのを知っている。そのように人も一寸先は闇ではなく光であることを知らねばならぬ。」

 

 

 

 

 

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金色夜叉

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5月15日は、仕事で熱海に出かけた。流石に新幹線の自由席もガラガラ状態。ありがたいことに仕事が想定外にスムーズに終わったので、折角来たのだからと、おひとり様で熱海の海岸を散歩した。

「熱海の海岸散歩する、寛一お宮の二人ずれ、共に歩むも今日限り、共に語るも今日限り」懐かしいフレーズが。前と後ろには、若い二人ずれが手をつないで散歩している。「いいなぁ~!」。

銅像の前に行ってみた。下駄でお宮さんが足蹴りにされている。「痛かっただろうね~!」

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なんと、尾崎紅葉の顔の写真が石に貼り着けられていた。メガネを外して近寄ってみると、「端正な、私の好みのイケメン君」が、36歳にして亡くなってしまった尾崎紅葉だ。まさに「美男子薄命」

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これは、2代目お宮の松。

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熱海の海はおだやかだ。

気になって、ネットで調べてみると、「金色夜叉とは、愛欲と金銭欲との葛藤を描いた尾崎紅葉未完の明治時代の小説」。尾崎紅葉が執筆中に亡くなっていなければ、どのような展開になったのだろう。それにしても「金色夜叉(富と鬼)」という題名が、なにやら生々しい。

暇なので、この小説の「あらすじ」を調べてみた。以下引用。

貧乏学生の貫一は宮と許婚であったが、宮は貫一を裏切り金持ちの男と結婚することになった。貫一は月の輝く夜、熱海の海岸で宮と会い、その話を聞き怒りに震えます。そして、「来年の今月今夜、俺の涙で必ずこの月を曇らしてみせる」と叫ぶ。許しを購う宮を履いていた下駄で蹴る。その後、貫一は復讐のために高利貸しとなり、大金持ちになる。宮は、成功した貫一に許しを講う手紙を送り続けるが、貫一は開封しなかった。しかし、時が経ち貫一が宮からの手紙を開封するようになった、というところで終わっている。

「下駄で、女を蹴る男なんていやなやつなんだろう」と、銅像を見て、一瞬思ったのだが、「お宮さんって、お金持ちの男が好きなだけじゃん!?蹴られてもしょうがないじゃん!」。

 

 

 

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